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というわけで引き続いては音姉(おとねえ)こと朝倉 音姫(おとめ)ルート。や、どっちかとゆーと腹黒な妹キャラの方が好みなのでこっちはまああんまり期待してなかったわけですが……
や、やられた……;
くっ、音姉かわいいじゃん;。おかしい、お姉ちゃん属性はないはずなのに;;。
このキャラ、生徒会長・才色兼備・超過保護なおねーちゃん。甘えさせてくれるキャラでありながら、べたべたと甘えてくる、いわゆるだだ甘キャラ。完全無欠なお姉ちゃん然とした強さを持ちながらも、少女としての弱さも見せる、その二面性が魅力的なキャラですね。や、お姉ちゃんというと TH2 のタマ姉のように「いつまでたってもお姉ちゃん」というタイプのキャラ造詣も多くて、その場合は主人公との関係性が常に「年上・年下」の構図なんですが、音姫の場合にはこの関係がふとしたタイミングでころっと逆転するんですよね。いわゆる「可愛げのあるお姉ちゃん」。割とベタなキャラ造詣なはずなのに、妙な新鮮味があるのがなかなか good ですね。
以下、ネタバレありでざっくりと書いてみたり。
このルートのキーポイントになってるのは、やっぱり二人の関係性。上に書いたように、「お姉ちゃん然としていながらも実は弱さを持つ」ところがキャラとしての魅力なわけですが、「いつまでたっても年上のお姉ちゃん」から「肩を隣り合わせて歩いていく恋人」にどう変わっていくのか。ざっとシナリオをまとめてみると、こんな感じ。
「……大丈夫。なにも問題はないよ。」
やっぱり、今度も音姉はそう答えた。
さすがに、今度はちょっと堪えた。
俺は音姉の力になってあげたいのに。
音姉にそう言われてしまったらなにもできなくなるわけで―――、自分の無力さがいやになる。
「……けど、お願い事があるかな。」
「好きです。弟としてじゃなく、ひとりの男の子としてあなたが好きです。私と付き合ってください。」
普段の無理がたたって倒れてしまった音姉を看病していた最中、義之は彼女から告白される。ところが一週間と経たないある日を境に、音姉が態度を翻して弟くんに冷たく接するように。どう傍から見ても、音姉は何かを抱え込んで独りで苦しんでいるのに、自分を頼るどころか突き放してくる。ようやく同じ目線で支えてあげられると思った矢先の出来事に、再び義之は無力感を味わうことになる。並びたいのに並ばせてもらえない、助けたいのに助けさせてくれないじれったさ、そして無力感。
イライラが胸に募る。
音姉の態度にもそうだけど、でも、一番頭にくるのは、
あんなにフラフラになっている音姉に何もしてあげられない自分の不甲斐なさだった。
けれども、音姉が義之を避けるのも無理はない。その真因は、彼女が魔法使いとしての使命(= 島のみんなの命を救うために桜の木を枯らすこと)を全うすれば、桜の木の魔法が失われて弟くんが失われてしまうという、究極の選択を迫られていたため。音姫が、そんな選択肢を選べるはずもない。彼女は義之を失うことを恐れて桜の木を枯らすことをためらい、事態をさらに悪化させてしまう。
「選べないよ、私、選べない。だって……生まれて初めて好きになった人なんだよ?
これから一緒にお勉強したり、手をつないだり、色んなところにデートに行ったり……
したいこと、いっぱいあったのに。
どうして、何もしないままさよならなの?
私、さよならするために、弟くんのこと好きになったんじゃないよ……?」
でもそこには選択肢などない。放置すれば、さらに事態が悪化していき、最後には崩壊してしまう。
だから義之に出来ることはたった一つ。自分を捨てて、音姉の背中を押すことだけ。
「音姉……俺、音姉のこと、好きだ。
だけど、それと同じくらいこの島が……この島の人たちが大好きなんだ。
その人たちを救ってやれるのは、音姉しかいない。……わかるだろ?
自分の役割に負けるな。まっすぐに前を見て、しっかりと顎を引いて、自分の役割を全うしなさい。」
残酷な願いだというのは、わかってた。
だけど俺たちには最初から、これ以外の選択肢は用意されていない。
あとはただ、音姉が決心してくれるだけ。
結局、音姉は弟くんの願いを聞き入れて桜の木を枯らすことになる。そしてその日からゆっくりと、けれども確実に義之は人々の記憶と認識から消え去っていくことになる。
……これが『忘れられる』ってことなんだ。
いや、やめよう。覚悟してたことじゃないか。
そう、俺は全部わかってた。わかった上で、音姉に頼んだんだ。後悔なんてない。
これが基本的なストーリー展開。そしてこの後、友人、そしてさらには最愛の人にすら忘れ去られていく『恐怖感』が、えぐるように描かれていく。
けれどもこのシナリオで本当に描きたかったのは、『忘れ去られていく恐怖感』じゃない、と私は思うんですよね。
じゃあこのシナリオの一番のポイントは何か。私はこの音姉ルートって、本質的には由夢ルートと全く同じエッセンスを持ってると思うんですよ。それは何かというと、「どうにもならない後悔」。つまり、ある確信を持って自ら決断したことが、後から心に重くのしかかってくる、というシチュエーションを描いていると思うんですよ。
まず由夢ルートの場合。由夢は先行きに待ち構えている『別れ』と『不幸』を知りながらも、覚悟を決めて義之と恋人となった。けれども、いざ義之が消えてしまった後に由夢に残されたのは、途方もない後悔の念ばかり。
兄さんと手を繋いで歩くなんて、そんなこと、もう二度とないのに。できないのに……。
兄さんのいない世界。そんな世界を二ヶ月も過ごしてきた。
永遠のように長く感じる時間。こんな時間がこれからもずっと続くのかと思うと、わたしは挫けそうになる。
どうして諦めたりなんかしたんだろう。
どうして、あんな簡単に兄さんが消える未来を受け入れたりなんかしたんだろう。
もっと努力をすれば良かった。
可能性があったかもしれないのに。
兄さんと一緒に過ごせる未来があったかもしれないのに。
そして音姫ルートの場合。音姫が桜の木を枯らさなければ、いずれ島の人たちに命の危険が訪れる。二人にとっては、義之が音姫の背中を押すという以外の選択肢はあり得ない。だからそれを選んだ。けれども、いざ自分の存在が失われていく状況になったら、冷静でいられるはずがない。
そう、音姉にはきっと見えていたんだ。今俺を取り巻いてるリアルな世界が。
……音姉の背を押したのは、俺だ。
他の何者とも比べられないほど重い決断をさせてしまったのは、この俺だったんだ。
今になって、ようやく理解できた。
あの時の音姉の、心臓を串刺しにされるような胸の痛みが。
もう後戻りはできない。
何が起ころうとも、時間の矢印を逆に戻すことはできない。
「……正義の味方って、けっこうキツいものだったんだな。」
俺の言葉は、冷え切った壁に吸い込まれ……やがて消え失せた。
どちらも、ある瞬間には「絶対にこうするしか他にない、他に道はない」という確信を持って、その選択肢を選んでいる。けれども後になって、自分が選択したという『事実』が、後悔として延々と重くのしかかり、心が潰されていくんですよ。由夢シナリオでは由夢が、そして音姫シナリオでは主人公と音姫がその苦しみを味わうことになる。おそらくこれが、由夢ルートと音姫ルートの一番の肝であり、二つのシナリオで描かれている『痛み』の本質だと思うんですよね。
音姫ルートって、確かに見かけ上は鬱展開なんですが、いわゆる一般的な鬱展開とはかなり違う。というのも、普通、鬱展開って自分が何かを『選べない』ことによって発生していることが多い(例えば「二人のどちらも傷つけたくない」とか「二人のどちらも大切だ」とか)。けれども音姫ルートと由夢ルートの鬱展開はそうではなくて、自分が何かを『選んだ』ことによって発生しているものなんですよ。しかもそれ以外の選択肢がなかったからこそ、悔やむに悔やみきれない。
考えてみると、この描き方って、智代アフターなんかとはめちゃめちゃ対照的なんですよね。智代アフターは、「苦しみながらもその選択を取ったことに誇りを持って生きていけ」と言うのに対して、D.C.II は「それでもやっぱり後悔するし、やっぱり心は苦しいよね」と言うんですよ。前者はものすごく理性的で、後者はものすごく情緒的。や、それはどっちがいいとかいうものではなくて、物事の見方の両側面なんですが、D.C.II は智代アフターのようなある種の『キレイゴト』を一切抜きにしている分、共感してしまうとその『痛み』、つまり「どうにもならない後悔の念」がダイレクトに伝わってくる物語になっている、と思うんですよね。それだけに痛いし、痛すぎる。
ただ……この辺は人によって好みがめちゃめちゃ分かれるとこかもしれませんね。人によっては、「この女々しい鬱展開をなんとかしろ」と言うかもしれないんですが、でもこの物語は、徹底してその痛みを描くところにフォーカスしているからこそ成立している。実際シナリオを振り返ってみても、由夢シナリオにしても音姫シナリオにしても、この痛みは自助努力によって解消されるわけではない。(=義之が天から零れ落ちた奇跡によって復活することによって、タナボタ的に痛みが解消されている。) それはなぜかというと、「どうにもならない後悔」であるためには、ストーリーライン上、自助努力で解消されるような苦しみであっては『いけない』から。それ故にこの作品は、「どうにもならない後悔」から来る痛みを描いてはいるけれども、その挫折は乗り越えられるものではないんですよね。だから、「この女々しい鬱展開をなんとかしろ」というのはちょっと的外れな指摘でもあるし、受け入れられない人には受け入れられない物語なんじゃないかな、という気がするんですよねぇ。
や、私は智代アフターのような強さも D.C.II のような弱さもどちらも受け入れられる人(どちらの心情も分かるので)ですが、無意識のうちに物語に何かしらのカタルシス(=問題の解決や、挫折からの脱却)を求めてしまうタイプの人にはちょっと受け入れられない作品かもしれません。(まあ、見かけハッピーエンドなので、そこで納得しちゃう人も多いとは思いますが。)
ただ、全体を通してまとめてみれば、やっぱりよく出来ているんですよねぇ。由夢ルートと突き合せて考えてみれば、何を描きたかったのかは明らかだし、えぐるような痛みをきちんと描いてくれた点は評価されてしかるべき。加えて、いわゆる鬱展開といってもよくある『気持ち悪い』タイプの鬱展開とは全く違う点は、十分に評価に値すると思うんですよね。……というか、かなり油断していたゲームなだけに作りの上手さにびっくりしました。なんというか、カタルシスを味わうタイプのゲームではないけれど、曲芸団ってこんなにしっかりした物語も描けるのか、と。いや素直に感心しました。
……なんですが、この後に連荘で D.C. ルート(芳野さくらルート)をやったら、なにもかもぶっ飛んでしまうワナ;。っていうかなんですかこの快作ルートはっ;;。や、これはなんつーか凄い出来かも。
というわけで、さくらルートのインプレはまた後日に;。さすがに疲れた....
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今日は〜^^またブログ覗かせていただきました。よろしくお願いします。
投稿者 グッチ バッグ ピンク : 2012年11月10日 04:43