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評論本の良し悪しはどこで決まる?

 そんなわけで今日も積まれまくった同人誌やらコミックスやらをぼちぼち消化(ちなみに今日はコミックス 8 冊と同人誌をいくつか;)。で、ある評論本をちょっと読み始めてみたりしたものの、30 分と経たずに撃沈;。えーと、何を言いたいのかよく分からないんですけど状態;。

 ふと思ったんですが、評論本って数多出ている割には良し悪しにはかなりの差があるじゃないですか。じゃあそれはどの辺で決まるのか? と改めて考えてみると。

(1) 平易な言葉で分かりやすく説明しようとしているか。
 結論を先に書く、分かりやすい全体構造で書く、平易かつ的確な言葉で書く、といった基本が出来てない評論本って実は意外に多いような。なぜか文系の人が書く評論文って「分かりにくくても文章として高尚」なことが優先されることが多かったりするような気がします。

(2) 客観性を持ったデータを示せているかどうか
 持論が正しいかどうかに関する客観的なデータを示すことは、評論本では非常に重要なポイントのはず。確かに、文系的な評論文は白黒付きにくいものも多いんでしょうけれど、巧みな文章で「共感」を呼び、それによって説得力を持たせようとするのは、インプレならともかく、レビューとか評論文としては失格なんじゃないかと思ったり。

 実は私、サブカル系の評論本があまり好きではないんですが、その理由は上記 2 つを満たせている評論本を見たことがほとんどないから。特に(2)に関しては、似たような持論を持つ人たちが集まって、互いの感覚を強化し合っているようなケースが多くて、傍から見るとまるっきり閉鎖空間的な論壇になっているような雰囲気を醸していることも。そんな中で展開されている評論には、なんというか、強い違和感を覚えることが多いです。(← もっともこれはサブカル系評論本に限った話じゃないですが;)

 んー、読んでて説明が分かりにくかったり納得感が得られないような評論って、往々にしてさほど優れた評論ではないことも確かではあるんですけどね。ほら、アレですよ、巧みな言葉で議論を煙に巻くような識者やコンサルタントや教授がロクなもんじゃないのと同じように(ぉ)。ホントは多少の誤解含みでもいいから、一言で要約してみせることが大切だと思うんですが、どうもこういう感覚は理系的なものの様子。……だから私は国語が苦手なのかも(汗)。

 しかし最近ではこんな便利な文章要約ソフトもあるらしい。や、さすがに要約精度はまだまだ甘いでしょうけれども、google が Web 上のあらゆるデータを整理したことで成功したように、要約技術も金脈になりうるものでしょうねぇ、きっと。

投稿者 まちばりあかね☆ : 2006/3/6 00:32 | 4.雑学&雑感

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