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お客さん先が多いと移動時間も多いのでアニメ消費は進むというワナ。まあ携帯プレイヤーで見てるんで、背後を取られないようにするのが大変なんですが;。そんなわけで今日は先日の ARIA を見てたんですが、いや〜、これ、いい話ですねぇ。突然、しょっぱなから
「実は……左手がふがいないんです。
最近、自分の左手のヘタレっぷりに気付いてしまったんです。」
なんて言い出すんで何事かと思ったら、そういう展開で来たか、という印象。これ、めっちゃ上手いストーリーですねぇ。
この話で出てくる「左手」というのは、不要なもの、役に立たないものの象徴。確かに右手と違って左手はお箸も持てないし文字だって上手に書けない。けれど、実際には右手のかわりに物を押さえたりバランスを取ったり補助動作をするなど、地味だけど立派な役目を果たしている。
左手がふがいないと言ったアリス、そのルームメイトであるアテナ先輩は、とにかく歌が上手。けれどもそんな歌についてアリスは、自分たちは舟漕ぎなんだから、アリスのように歌が上手でも仕方がないと言う。けれども、灯里はアテナ先輩の歌い声によって(内緒で飼っている)ペットのまーくんが泣き止むのを見て取って、アリスにこんな言葉を語りかけるんですね。
「アリスちゃん、左手はそれほど、ヘタレじゃないかもよ?」
目立たなくても、なかなか気付きにくいけれど、世の中にはなくてはならないものがたくさんある。確かにアテナ先輩の歌は、舟漕ぎであるウンディーネにとってすぐに役に立つ目立つスキルではないけれども、そういった余分なものが、心のゆとりや安らぎを産むんですね。
……と、ここまでで終わったら割と普通の話だったんですが、この話の良かったところはさらにこの先を続けたところ。なぜアテナ先輩はあのときに歌ったのか?
「アテナ先輩は、(アリスがペットを飼ってたことに)気付いていたと思うよ。
昨日も、(夜中に泣き始めてしまった)まーくんの泣き声を隠すために歌ってくれたんだと思うよ。」
アテナ先輩は、アリスが内緒でペットを飼ってることを知ってたけれども、決してそれを暴くようなことはせず、気付いていないようなフリをしていた。それは一つの思いやり。けれども、アリスはそのことを分かっていなかった。それは何故か。その理由は左手の話と全く同じで、本質的には、どちらも『気付こうとしないから気付けなかった』んですね。
アリスは、アテナ先輩のことをけちょんけちょんに言うけれど、食事のときに水を取って来てくれたり、ケチャップを取ってきてくれたアテナ先輩のちょっとした気遣いに全く気付くことができていなかった。日常生活の中でも、ちょっとした思い込みだとか、他のことに気取られてしまったりとかで、周りが見えなくなることってしばしばあると思うんですよ。けれども、実際には人は一人で生きてるつもりでも、周りの誰かに支えられて生きている。自分に向けられている思いやりってなかなか気付きにくいものだけど、それがあるからこそ、きっと心穏やかに生きていられる。そういう優しい物語を、綺麗なストーリーラインで描いてみせたと思うんですね。
ARIA The ANIMATION、最初に見たときにはホントに掴み所のないアニメだなぁと思ったんですが、確かにこういう話を見せてくれると、なるほど「未来形ヒーリングアニメーション」という看板にも納得がいくというもの。特に今回は、伏線の張り方も物語のまとめ方も見事。OP テーマ ウンディーネもそうですが、結構後からじわじわと心に染み入るように広がっていく暖かさがあるのは、作品の良さを如実に表しているような気がします。こういう作品もいいっすねぇ。
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