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ゲームタイトル | メーカ | ハード | インプレ | お気に入り度 |
螺旋回廊2 | ruf | Windows | ネタバレなし | ★★★★ |
Zwei !! | FALCOM | Windows | ネタバレなし | ★★★★★ |
鬼哭街 | NirtoPlus | Windows | ネタバレなし | ★★★ |
flutter of birds II 〜天使たちの翼〜 | シルキーズ | Windows | ネタバレなし | ★★★ |
ただいま修行中! | FishCafe | Windows | ネタバレなし | ★★★★★ |
うたわれるもの | Leaf | Windows | ネタバレなし | ★★★★ |
水月 | F&C FC01 | Windows | ネタバレなし | ★★★★★ |
Ever 17 〜the out of infinity〜 | KID | PS2, DC | ネタバレなし / あり | ★★★★★★ |
とらいあんぐるハート DVD Edition | JANIS | Windows | ネタバレなし / あり | ★★★★★ |
痕 リニューアル | Leaf | Windows | ネタバレなし | ★★ |
パカパカパッションシリーズ | PRODUCE ! | アーケード | ネタバレなし | ★★★★★★ |
それは舞い散る桜のように | BasiL | Windows | ネタバレあり | ★ |
ランス 5D | アリスソフト | Windows | ★★★ | |
BALDR FORCE | 戯画 | Windows | 雑記 | ★★★★★ |
Prismaticallization | ARC SYSTEM WORKS | PS, DC | ネタバレあり | ★★★★ |
河合圭一と岡本弘樹。ごく平凡な日常生活を営む彼ら、そして彼らを取り巻く女性たちに突然襲い掛かる悲劇。それはEDENと名乗る背徳・反人間的な若者達による拉致と性的暴力、そして麻薬まで使った拷問だった。訳も分からず不幸に飲み込まれ、運命に翻弄されていく彼らの行く末はどうなるのか……
パッケージデザインからしてどうにも陵辱系の色合いが非常に強いため敬遠される人も多いと思いますが、「君が望む永遠」を作ったageの別ブランドであるらしいとのことで買ってみてプレイしてみました。総じて言えば非常に優れたホラー作品(と言っていいのかは分かりませんが……)で、最後の最後まで楽しめた一作でした。
UG系ネットワーク、盗聴、監視、監禁、陵辱、麻薬、拷問など、単語だけ並べるとあまりいい気のしない要素が盛り沢山です。しかしこのゲームの凄いところは、プレイヤーの視点を「UGでない人の視点」に常に保つことで、監禁や陵辱などの要素を扱いながらも、エロよりも恐怖感を煽られる点にあります。そこかしこに垣間見える死の恐怖、姿の見えない敵そのものへの恐怖、次にはどんなことが起こるのかという不安感。そして、「人間は死ぬことそのものは怖いがそれに近付きたがる心理も持つ(これは人間がホラー映画などを好む理由でもある)」という点を非常に上手く使い、物語にのめり込ませていく構成の上手さ、演出の上手さをこの作品は併せ持っています。
その不条理な物語、因果応報の欠片すらない救いのない話でありながらも、それでも最後の最後に残るのは愛を貫くことであるという愚直なテーマはストレートに心に伝わるものがありました。ある意味、「君が望む永遠」のような甘ったるい世界とは全く対極的・異質なものであり、(別ブランドとはいえ)同じメーカから出されたとは信じがたい面もある作品です。誰も傷つかないことを望み、結果として傷が残った「君が望む永遠」。不条理な事件に巻き込まれ、癒されぬ傷が刻まれたにもかかわらず、結果として愛が残った「螺旋回廊2」。癒し系と称される作品が数多く発売される昨今の時代に受け入れられる作品とはどうにも思えませんが、是非一度プレイして欲しいと思える作品ではありました。
なお主題歌はI'veによるsatirize、なかなかよい曲です。攻略は結構大変なのでこちらのページに頼りました。詰まったら参考にするとよいかと思います。
旧世界の魔法が生んだ浮遊世界「グランヴァレン」。数多の浮遊する大陸や島々によって構成されたこの世界にかつて栄えた魔法文明はすでになく、今では人々が各浮遊大陸間を移動する手段は飛行機によるものに変わっていた。ピピロとポックルの住む「アルジェス」は、そんな浮遊大陸群の辺境に位置する、数々の遺跡と大自然に抱かれた神秘の地だった……。
そんな触れ込みで始まる、ピピロとポックルとお供のペット、二人と一匹が繰り広げる大冒険アクションRPG、それがこのZwei!!です。PCでこの手のアクションRPGをプレイするのは本当に久しぶりで、FalcomのソフトもYs EternalやSorcerianなどのリバイバルものぐらいしか最近は手をつけていなかったのですが、かなりの力を入れてこのゲームを売り込んでいたこともあり、半信半疑でとりあえず買ってみてプレイしてみました。
結論から言うと、桁外れに良く出来たコミカルアクションRPG。久々に傑作と呼べるRPGをプレイした気がします。パッケージに多少でも心惹かれるのであれば、文句なしに強烈にプッシュしたい一作。以下、いくつか要素別にポイントを整理してみたいと思います。
シナリオの基本的な骨格はベタのベタのベタと言えるほど非常にありきたりすぎる内容で、シナリオそのものに今日性やトレンドを追いかけたものは全くない、といってよいでしょう。昨今の大作RPGが意味もなく大きな風呂敷を広げたがっているのに比べると、ゲームの長さとサイズに見合ったちょうど良いサイズのシナリオになっており、非常に収まりの良い、なおかつ教科書的と言っても良いシナリオになっています。しかしこうした典型的な王道シナリオは、素直に心に響くものがある。いわゆる「冒険活劇」、古くはイースの時代に始まる、RPGならではの『未知なるものへの期待感』をラスト近辺で非常にうまく感じさせてくれたのには素直に感心しました。
普通のやり方では今どきそんなベタなシナリオが心に届くはずがありませんが、それが見事に上手く行っているのはなんといってもピピロとポックルという二人のキャラクター造詣が実に見事だからでしょう。稀代の魔法の天才でありながらやる気全くなし、それでいながら綺麗な服と甘いものには目がないピピロ、ピピロの尻に敷かれながらも家事全般をそつなくこなす、少し夢見がちで寒いギャグが大好きなポックル。この二人の掛け合い漫才の行間から伝わってくるモノが、王道を地で行くベタすぎるシナリオの下支えをしっかりしているという構成になっています。ことピピロのキャラクター造詣は実に見事で、非常に魅力的なキャラに仕上がっています。
昨今、Final Fantasyに代表されるような実写系CGを駆使したグラフィックがコンシューマ系ゲームのメインストリームを形成する中で、それとは全く異なる『絵本のような世界観』を、イラストベースの背景グラフィックを使いながら見事に表現しています。パッケージの裏にあるような静止画像を見るとまるでイラストのようなゲーム画面が描かれているわけですが、これがごく当たり前のようにぐりぐりと動くのには驚きました。要するにFFと同じようなことを単にイラストのようなCG上で実現しているだけの話なのですが、その質が桁外れに高いために、ゲーム画面のスナップショットがあたかも一枚のイラストであるかのように見えてしまう。とにかくゲームを始めた当初は絵本の世界の中でキャラクターをぐりぐりと動かせる、というだけで面白い!と感じさせてしまう、そんな新鮮さがありました。CGの特殊効果の利用も非常に上手く、いわゆるコンピュータ臭さを感じさせない点は実に見事です。
JDKサウンドチームもその昔のイースやソーサリアンの時代から見ると奇妙な音楽が多くなってしまった感があるのですが、今回は全体的に暖かみのある、雰囲気を盛り上げてくれるBGMが非常に多く、ゲームによくマッチしていました。また、攻撃の際に「うりゃっ」などちょっとしたかわいいCVが入るのもGood。
この手のアクションRPGの金字塔といえばなんといってもイースを外すことは出来ないでしょうが、当時のイースの素晴らしさは半キャラずらしなどによって敵キャラをうまく捌きながらさくさくと敵を倒していく爽快感にあったと言えるのではないかと思います。その爽快感をそのままに、新しくデザインし直した結果がこのZwei!!と言ってもいいような気がします。わらわらと出現する敵たち、それを魔石によるドハデな攻撃でなぎ倒し、一気にダンジョンを駆け抜けていく、その爽快感はついつい時間を忘れてのめりこんでしまう面白さに満ちています。約10〜20分程度でクリアできる各ダンジョンを小刻みにサクサクと進みながらシナリオを展開していく構成になっているため、アクションゲームとしての面白さも相まってついついやりこんでしまいます。
ゲームバランスも非常に良く練り込まれており、気付けばレベルアップしている経験値稼ぎを意識させないシステム、二人で一つのパラメータ&アイテム、合体技による強力な攻撃、難しすぎず易し過ぎないアクション性など、どれを取っても実に見事。初心者からARPG熟練者まで幅広い層をカバーできる懐の広さを持つように設計されているアクションゲームシステムは見事としか言いようがありません。
総じて一言でまとめれば、誰でも遊べる、それでいながらしっかり作りこまれているアクションRPGの傑作、ということになるでしょう。おまけ要素も盛り沢山、かなり気合いがこもった一作であることには間違いありません。総プレイ時間も12時間程度(ただしやりこみ要素を除く)で、毎日30分ずつ少しずつプレイしていく、といった遊び方も出来るため忙しい方にもお奨め。往年のイースやソーサリアンのファンという方であれば、是非ともプレイして欲しい素晴らしい一作でした。
近未来の上海で繰り広げられるバイオレンスアクションストーリーノベル。21世紀初頭に発明されたサイバネティクス技術と呼ばれる肉体の機械化テクノロジにより作り出されたサイボーグたちが跋扈する世界を舞台に、仲間の裏切りによって妹を奪われた一人の男が復讐の鬼と化して再び上海の闇に舞い戻る……。
Phantom of Inferno、Vjedogoniaなど、バイオレンスアクションものを書かせると超一流のNitroPlus 虚淵玄氏が手がけた最新作。今回は"Hello, world."の発売延期の隙間で出来た期間をうまく活用して作った作品ということもあり、分岐一切なしのストーリーノベルとなっています。分量的にも軽めで4〜5時間程度、お値段の方もお手軽に\4,400。
さて肝心の中身ですが、さすがに一本道ストーリーということもありネタバレなしでは何も書けません(^^;)。というわけでネタバレは後回しにして軽く整理しますと、さすがは虚淵玄氏、作品の尺に見合った上手いストーリーだと感心させられました。設定も重たすぎず軽すぎず、気軽に楽しめるエンターテイメント作品として非常に良い作品です。伏線も適宜事前に見せておくことで、タネが明かされても唐突な感じがしない(実際には先が読めてしまうといっても良いかもしれませんが)というあたりはバランス感覚の良さを感じさせられます。
また、虚淵氏の作品のエンターテイメントとしての良さの一つにアクションシーンの秀逸さがありますが、本作品もそのセンスが光っていました。シチュエーションの作り方の上手さに加えて、ある意味「煙に巻いてしまう」凄そうなイメージを与える文章の上手さ。ちょっとしたBGM、CGの挿し方、漢字の使い方などがうまく有機的に結びついて作り出されるイメージは、メディア特性をよく理解していると言えるのではないでしょうか。呉榮成との戦いはこの作品の一つの山場ですが、これなども一歩間違うと滑稽になるリスクをうまく乗り越えているように思います。
値段の安さと手軽なプレイ時間ということもあって、気軽に楽しめるエンターテイメント作品として十分プッシュできる一作だと思います。
というわけで、以下ネタバレです。
サイボーグと、生身の人間と、魂のみの存在になった人間、その3つをうまく対比させながら綺麗に話を展開させているとはいえ、人間の実体の問題に帰着させる展開はありきたりといえばありきたりで、話としての目新しさはありませんでした。まさにこれと似たような題材をネタに使った作品が「Sense Off」や「未来にキスを」だったりするわけですが、これらの作品が(同意が得られるかどうかはともかく)作者の見解(肉体なくして魂はあり得ず)や現状の理解(オタクは妄想世界へ逃げ込んでいく)を提示していることに比べると、本作品は魂の定義とは何ぞや?というところにすら深くは踏み込んでいない作品で、物足りなさを感じるところもあります。エンターテイメント性を確保することを考えればこの程度がちょうどいい按配なのでしょうが、とはいえ「二人が満たされたままに世界は環を閉じ、完成する」というラストはやや安直。この辺、もう少しアクセントが欲しかったというのが本音なところです。
白く雪が積もる町「倉町」、そこは昔、イギリス人の父と日本人の母との間に生まれたハーフである主人公・進矢の父と母が出会い、そして結ばれた地でもあった。進矢は、叔母である美蔓が修道女を勤める教会に世話になりながらこの町で様々な女性と出会い、そして生涯、忘れられない想い出を築いてゆく……。
シルキーズの処女作flutter of birdsからちょうど1年、強烈な死にゲーとして良くも悪くも話題となった前作に引き続いて出たのが本作flutter of birds II 天使たちの翼。本作もやはり診療所という設定は出てくるものの、時代設定は大正〜明治時代ぐらい、また主人公も医学とは縁も縁もないただの若者、などなど前作とは随分と趣向を変えてきていました。やはり今回も医療ネタが絡んでいるとはいえ、典型的な死にゲーであった前作ほどのクセはなく(もちろん何人かはやはり死にますが……(^^;))、キャラクターの個性やそのシナリオの取り揃え方など、全体的に非常にバランスよく作られている作品です。
本作品はそれほど開発期間が長かったわけではないと思われるのですが、にもかかわらず様々な意味で非常によく練りこまれたゲームと言って良いと思います。絶望的に使いづらかった前作のシステムも全面的に見直されて非常に使いやすくなり、アクが強かったCGも美しさが際立つようになり、音楽もこなれた感じで上手く場面を盛り上げていますし挿入歌の使い方もなかなか良いです(全シナリオで乱発しない方がさらに効果は高かったと思いますが)。
肝心のシナリオに関しても、7キャラ、トータル10ルートのすべてが非常によく出来ていたと言ってよいと思います。設定にしても話の展開にしても大きな筋書きが非常にきっちりとしており、キーポイントを綺麗に押さえています。確かに背後に壮大な物語が存在するようなストーリー展開ではなく、ある意味こじんまりとした展開ではありますが、無理をせずきっちりと要点を押さえた作りが実際に出来ている点は高く評価できると思います。別の言い方をすると、現実的な開発期間の中できっちりと作り込める『組み立て方』をしている点からしても、ゲームの企画力と設計力が桁外れに高いと言ってよいのではないでしょうか。例えばKeyのスタッフ陣はクリエイターとしての企画力や創造力の部分において群を抜いていますが、こうした設計力が優れていると感じられるメーカーはほとんどありません。そうした意味において、シルキーズは今後もコンスタントに質の高い作品を定期的に出せるメーカーとして注目しつづけるに値するのではないかと私は思っています。
とはいえ本作品に関して手放しでゲームそのものを誉められるかというと残念ながらそうではありません。シルキーズはある雑誌のインタビューに対し、このゲームのテーマは『泣き』だと答えていたのですが、まさにこれが本作品の最大の失敗だったと思います。この作品にはそこかしこに「泣かせるための」演出が散りばめられているのですが、私の場合、この演出は泣けるどころかむしろシラけてしまい、泣けるものも泣けなくなってしまいました。
確かに我々は昨今、AIRやKanonなどの演出過剰気味の作品で麻薬漬けになっているという面もあるので、本作品が泣けないのはシルキーズの演出面での技術力不足だと見る向きもあるかもしれません。しかし本作品の失敗は、もっと全く別のところに存在していると思います。
ここで改めて我々はなぜ『泣きゲー』で泣くのか?を考えてみると、我々は単純に『事実』に対してだけ泣いているのではないでしょう。確かに人が消えてしまえばそれは悲しいことでしょうが、本当に涙するのは人がいなくなってしまったという『事実』に対してというより、故人との思い出やその人の気持ちに思いを馳せることで、すなわち背後にある『人の想い』を感じることで涙するのではないでしょうか。
ところがこのゲームのテキストはただ『泣く』という結果の部分だけしか見ておらず、『プレイヤー自身が想いを馳せる』というプロセスの部分に対する演出面でのフォローが非常に希薄です。致命的と言えるのは、ヒロインのセリフの合間に逐一ゲーム中の主人公がおいおいと泣き出すというもの。泣くのはゲームのテキスト中の主人公ではなく、プレイヤーでなければならないのに、です。実際、世間で泣きゲーと言われているゲームをいくつか考えてみてもらえれば分かるかと思うのですが、プレイヤーを置き去りにしてゲーム世界の中で主人公がうっとおしいほど泣き続けるゲームが果たしてあったでしょうか? ほとんどの泣きゲーは、プレイヤーが自分自身であれこれと思いを馳せられるように、プレイヤーの思考そのものに干渉してくるようなテキストの書き方を避けているはずです。
つまり極論を言えば、このゲームにおいて泣いているのはゲームのプレイヤーではなく、このシナリオテキストを書いているライターなのです。そしてライターが泣いてしまったことによって、我々プレイヤーは彼らが作り上げた「世界」から外に追い出されてしまい、一気に蚊帳の外の人間にさせられてしまう。そういうおかしな構造になっているのではないでしょうか。
この点に関して前作flutter of birdsの場合はどうだったかというと、淡々と語られるシチュエーションがかえってプレイヤーの想像力をかきたて、見事なホスピスルートを確立していました。これに比べると、flutter of birds IIの失敗は、泣きを狙ったが故の失敗のように思えます。
総括して考えると、ゲームシステムも良い、音楽も良い、CGも良い、やや尺の短さはあるもののシナリオの筋書きもよい、でも演出面での失敗がすべてを台無しにした、そんな非常にもったいないゲームに思えてなりません。またシルキーズというメーカのコアコンセプトが何かと考えると、やはりそれは企画・シナリオ面での優秀性であって、決してロリコンキャラでも白痴系の美少女でもないはず。今回のflutter of birds IIは、ともすると指名買いをするコアユーザ層を手放しかねないリスクを含んでいるとも思えるだけに、次回作以降は是非ともコアコンセプトの部分で勝負して欲しいところです。
今より遥か昔、どこか遠い世界の、とある国での出来事。物語の主人公トーニは、幼い頃一緒に魔法使いになろうと約束した幼なじみのアネットと再会する。魔法学校への下宿のためにお世話になる宿にはお手伝いのシーラやハーフエルフのミリルも一緒に住んでいて、トーニは試験に恋に大忙し。さてはて、トーニは試験に合格できるのか、そして恋の行方はどうなることやら?
……この作品、今ごろになって私はプレイしているものの発売されたのは2001年7月19日、今からほぼ一年前。実は新宿のSofmapで1980円で叩き売られてた中でちょっと絵柄に惹かれて購入したのですが、叩き売りには見合わない素晴らしい作品だったので今さらながらちょっとだけ感想を整理しておきたいと思います。
物語としてはファンタジーもの、幼なじみと再会して魔法の修行に励んで魔法試験に合格しよう、という軽めのお話。ところがこの作品は純粋にノリがよく、プレイしていて非常に楽しい作品です。重たすぎず軽すぎず、適度に喜怒哀楽を織り交ぜながらリズミカルに進む恋愛SLG。会話のキャラチップの多彩さ、バストショットのキャラたちがコミカルに演技をする小気味の良さ。全体にアニメ的な華やかさがあり、非常に気分良くプレイできる一作です。
もちろんそれだけならわざわざここで取り上げるまでもないのですが、私がこのゲームで上手い!と思ったのは、日常的な物語に終始しながらもその中に非常に綺麗にテーマを織り込んであったという点。そのテーマとは『ごくありふれたちっぽけな日常的幸せ』。多くの作品がそのテーマを表現する手段として、何らかの設定なりプロットなりを活用するわけですが、そうしたものが露骨にテーマと直結していたり、無理があるイベントだったりすることがよくあります。ところがこの作品の場合、どこまで行っても視点がずっと一市民の平凡な日常と平凡な幸せを保ち続けており、主人公が「この作品世界の中心たる存在」(要するに主人公中心に作品が回るような世界)にはなっていません。話も過度には膨らみすぎず、またイベントも極めて軽めで、絶望的な状況に追い込まるようなタチの悪さなどどこにもありません。
つまりこのゲームは、現実世界の平凡な人間一人と同じように、魔法のあふれるファンタジックな世界の中で、ごく普通の小市民が、穏やかな暮らしの中で自分だけのちょっとした平凡で普通の幸せを掴んでいく、そんな日常的な物語の心地良さを見せてくれる作品なのではないでしょうか。これこそがこの作品のコアであり、ここ久しく類を見なかった物語のように思えます。
実際、確かに昨今の作品の中にも『ちっぽけな日常的な幸せ』が描かれる作品はありますが、得てして卑下ややせ我慢を含みがちで、裏側の影の部分を感じさせたり、プレイヤーが何らかの憐憫の情を持ったり同情の目で見たりする、そんな歪んだ面が少なくありません。しかし、大上段に設定やイベントを構えずとも、ごく自然体のままに日常的なイベントの積み重ねだけで『ちっぽけな日常的な幸せ』を作り上げ、それで満たされる世界が描かれた作品というのは意外に少ないと思います。アニメ作品ではこうしたもの(環境アニメとでも呼ぶべき作品)も少なからずありますが、ゲーム業界の場合には必要以上にテーマ性が立ってしまっていたり、あるいは脚本家の我が出てしまっていたり、トータルバランスが悪い作品が比較的多い気がします。
純粋に優れたエンターテイメント作品として、気軽に楽しめて、プレイ後になんとなく幸せな気分に浸れるゲーム。決して大きなテーマが語られるわけではなく、物足りなさを感じる人も多いかもしれません。実際、8800円のゲームとしては分量的にも少なく、かなり軽めの内容と言えるでしょうが、読みやすいテキスト、分かりやすい展開、程よい盛り上がり、キャラ配置バランスの良さなど、ライタさんの力が冴える、非常に完成度の高い作品だと思います。私的には純粋に十二分に楽しめた一作でした。ちょっと甘めかなと思いつつ、★×5をつけておきます。
辺境の小國の村で目を覚ました主人公ハクオロ。大怪我をしていた彼はエルルゥの手厚い看病により助けられたものの、その記憶を失っていた。彼を暖かく迎え入れてくれた村への感謝のためにも彼は残された農耕などの知識を頼りに村を徐々に豊かにしていく。しかしその豊かな収穫に藩主から難癖をつけられ、さらに様々な要因が絡み、彼らは叛乱軍として蜂起せざるを得なくなってしまった……。
こみパが出たのが1999年ですから、実に3年ぶりの甘露樹さん原画作品。まじアン、誰彼と下降ラインの一途を辿っていったLeafにとって、ある意味甘露樹さんの原画作品というのは最後の切り札とも言うべきもので、本作品で失敗すればXゲーム系では絶対に立ち直りできないという背水の陣の状況だったと言えるでしょう。その出来はというと、結論から言えば(傑作とまでは行かないものの)予想を遥かに上回る秀作だったと言えるかと思います。久しぶりにのめり込んで、16時間近くも(実際にはもう少し長いかもしれません)ほとんど連続してゲームをやり込んでしまいました。
CGや背景美術、BGMなどの良さは敢えてここで述べるまでもなく様々なレビュー・インプレページで整理されているでしょうから、簡単にシナリオ面に関してだけ、良い点と悪い点をまとめておきたいと思います。
まず良かった点から。一本筋、分岐なしのシナリオということもあってか、話自体は非常によくまとまっており、こじんまりしたところからスタートして大きなドラマへと膨らませていくその展開は実に綺麗です。やや描写・演出不足な点もあるとはいえ無茶な展開もなく、非常に多くのキャラを上手く使ってドラマを作り上げている感があり、見事です。後半、やや膨らみすぎと思える節もあったとはいえ、伏線の張り方が上手かったこともあり、唐突さもなく綺麗に流れるように話が展開していった点はよく練り込まれている証拠と言ってよいでしょう。昨今の語りすぎのビジュアルノベル系とは一線を画した、簡潔にして要を得たテキスト。テーマは語らず、寡黙にして淡々と展開していくドラマは、世界観の良さと相まってユーザを引き込むに充分な魅力があります。
一周目だけではやや不明な設定もありますが、無理にシナリオ解釈をしなくても充分元が取れたような気がするのは、話の素性の良さ、シミュレーションゲームパートの出来の良さ、CGの美しさ、音楽の良さなどの総合力ゆえのものと思えます。
半面、敢えて難点を挙げるとするのなら、物語としてのテーマの一貫性のなさというのが挙げられるでしょう。先に、本作を「寡黙にして淡々と展開するドラマ」と表現しましたが、実際本当に寡黙で、制作陣がユーザに『伝えたかったもの』が何なのか、それをほとんど感じられなかったが故の物足りなさもありました。確かに、生きることですら精一杯のこの世界観の中ではテーマなど存在しようはずもないのかもしれませんが(またそれ故に作品として無理な展開もないのでしょうが)、バックボーン的に一本筋の通ったものが何ら存在しないというのも果たしてどうでしょうか。
本作品は要素的には様々なものを含んでいたにもかかわらず、それを膨らませたりテーマ性を追及することを避けて、むしろドラマ性を重視したためか、各要素についての深堀りが全体的に甘かった感があります。結果として非常に面白い作品ではあったものの、最終的に心に残る作品でもなかったように私には思えます。
確かにシナリオ展開は見事で、ゲーム自体も面白かったと思いますが、一過性の高い優秀なエンターテイメント作品で終わってしまったことがやや残念な一作でもあります。今ひとつ理解・解釈しきれていない部分があるものの、もう一度やり返そうと思わせる気になれないという意味において、満点をつけにくい作品かなと思えます。物語にテーマ性を求める人にはやや物足りない一作かもしれませんが、それでもトータルして見れば非常に面白く、優秀な一作と言ってよいでしょう。誰彼でかなり評判を落としてしまったLeafですが、本作品は一度プレイされることをおすすめしたいと思います。
FC01、トノイケダイスケ氏と☆画野朗氏による渾身の一作と言ってよいビジュアルノベル作品。キャラ魅力、シナリオ、テキスト、CG、演出と、ほぼすべての要素がバランス良く煮詰められた驚異的な一作、それがこの「水月」です。
結論から言えば、どこを取っても素晴らしい、の一言に尽きます。F&Cと言えば頭のゆるいシナリオとテキストとキャラクタ、過度にグラフィックスと声に依存したキャラ萌えなど、いわば作品の質としての稚拙さ・幼稚さがあらゆるところに漂う作品が非常に多いのですが(まあそう言いながらプレイしている私もアレですが(笑))、本作「水月」はそんなかつての悪評をすべて吹き飛ばしてなお余りある一作でした。まずはネタバレなしで簡単に整理してみます。
まず驚異的なのは、ゲーム全体を使って作り上げられている世界像。この世界を思いついたトノイケダイスケ氏は只者ではない、と思わせるに足る設計がなされています。世界の設計という意味ではAIRに匹敵する設計だったと言っても良いと思います。正直なところこの世界の真実の片鱗を理解したとき、久しぶりにAIRのシナリオ解釈と同様な感動を味わいました。
このゲームに対するWebサイト上のほとんどのインプレ・レビューは、引いた伏線が消化されていないとか、アラが目立つであるとか、ひどいものになるとテーマに対しての描出が力不足であるなどといった酷評が多く、「キャラ萌えは強いがシナリオは不完全」という評価が大勢を占めています。確かにこれは無理もないことかもしれません。例えばゲーム中に日付が出ないのもゲーム中の設定がすべて明かされないのも、そしてコンプリートまで一貫して常に一人称の視点を保ち続けているのもすべてこの世界の構造ゆえのもの。ですが、そうした「世界の構造」に気付けるかどうか? このゲーム世界の真実を見抜けるかどうか? それにはAIRと同様コロンブスの卵的な発想が必要であり、非常にヒントが少ないということもあって、一過性の高いゲーマーがこのゲーム世界の真実に気付くことなくゲームを終えるのも無理はないことでしょう。そういう観点からこのゲームが酷評されるのも止む無しとは思うものの、非常に惜しいとも思います。一度この世界の構造を理解し始めたときに感じられる感覚はまさにセンス・オブ・ワンダーと呼ぶに相応しいものがあり、是非ともこの世界に気付いて欲しい、と思いました。
かわいい女の子の顔は描けてもバランスの取れた全身だとか男は全然描けない。そんな原画家の方々が多い中、☆画野朗氏はそれらをすべて描くことができる、非常に数少ない原画家さんだと言えるでしょう。また、非常にバランスの取れた全く違和感のない原画に加えて、色の塗りの良さも非常に魅力的です。☆画野朗氏の率いるFC01系は色トレスを多用することで暖かい感じの塗りになっており、非常に独特の魅力があります。枚数がやや少ないという話もありますが、クォリティを考慮に入れれば十分でしょう。おそらく立ちキャラまで含めてほぼすべての原画に☆画野朗氏が関わられていると思いますが、ゲーム全体で非常に統一感あるグラフィックになっています。
BGMはCan Can Bunny 6 i-mailやPiaキャロット3など最近のF&CのゲームのBGMを数多く担当されているおおくまけんいち氏。おおくま氏のBGMはしっかりしたメロディラインと練り込まれた編曲を持っており、BGMとしても無理がなく、単体として聞いても十分に味わいのある曲。また曲調の幅(作曲家としての芸風の幅と言ってもいいかもしれません)も広く、いわばBGMのお手本的な楽曲が非常に多いのですが、今回の水月でもその実力は十二分に発揮されていると思います。アリスソフトのShade氏、Keyのサウンドチーム、F&Cのおおくま氏は現在のXゲームのBGM界における3大巨匠と言っていいのではないでしょうか。
F&Cといえば「あんぱん〜」に代表される頭のネジの緩んだキャラがなんといっても特徴的ですが(いやそういう私も好きですけど、あんぱん(^^;))、F&Cとしては珍しく(?)、純粋に可愛いと思える女の子たちが多かったと思います。なんといっても、おかしな語尾や妙な口癖のある女の子がいない、というだけでも昨今の業界状況から考えれば凄いことですが、にもかかわらずキャラ萌えでは昨今のゲームを遥かに凌いでいます。それはやはり細やかな心理変化を行動としてうまく描出したテキストがあってこそ為し得たものでしょう。特にヒロインキャラの一人である花梨の可愛らしさは特筆もの。仮にゲームの世界構造やシナリオがよく分からなかったとしても彼女たちの可愛さだけで充分に元を取った気になれるほどの魅力を持っているのは実に見事としか言いようがありません。
おそらく作品テーマはゲーム世界の構造を理解していないと曖昧にしか分からないかと思いますが、某キャラのラストのテキストが素直にこの作品のテーマを表しています。最初にこのテキストを読んだときには今ひとつピンと来なかったのですが、作品を理解してくるとなかなかに味わい深い響きを持って感じられるかと思います。涙腺系のテーマではないものの、前向きなものとしてすっと心に入ってくるあたりは非常に素直な作品だと感じられました。
ここまで述べたように、F&Cの従来の悪評を払拭する非常に素晴らしい作品、それがこの「水月」だと思います。ただ半面、深い考察や思考をプレイヤーに対して要求するため、ゲームの世界構造が読み解けるか否かが all or nothing であるということも手伝って、読み解けなかった場合に「伏線も回収できていないただの萌えゲー」という烙印を押されてしまう脆さも併せ持っています。結局、多くのサブカルがそうであるように、本作のような解釈系Xゲームもまたプレイヤーの理解力や考察力が作品としての上限を決めてしまっている側面があります。つまり、「水月」という作品がいかに野心的で挑戦的なスタッフ陣で制作されていようとも、『プレイヤーが理解をしようとしないが故にただの萌えゲーの烙印を押される不遇の作品』になりかねない(事実それに近い状況にある)のが非常に残念でなりません。
よく練り込まれながらもテーマを描出するのに必要十分な分量しか描かれていない設定、適度なバランスのキャラ魅力、シナリオ、テキスト、CG、演出。突出度という意味ではそれぞれトップというわけではないものの、総合得点、完成度の高さは実に見事。たとえ多くのプレイヤーが駄作の烙印を押そうとも、私は是非ともこの一作を推したい、そう思わせるに足る素晴らしい完成度の作品でした。
水中51mの海中に浮かぶ近未来の海洋テーマパーク、"LeMU"。そこに居合わせた7人の男女は何の前触れも無く事故に巻き込まれ、海中に閉じ込められることになる。LeMUの隔壁圧潰まで、あと119時間……濃紺の深い海の闇、閉ざされた空間の中、限られた時間の中で7人は脱出への糸口を探し続ける。
…傑作と呼ばれる作品と、凡作と呼ばれる作品の違いは一体何でしょうか。もちろんそれは一概に言えるものではないでしょうが、例えばありとあらゆる作品の要素が見事に調和し、力強くプレイヤーに迫ってくる……そんな作品はあっても数年に一本なのでしょうが、この"Ever 17"という作品はそんな雰囲気を持つ、まさしく『傑作』と呼ぶに足る一作でした。
水中密室空間からの脱出劇。もちろんこのシチュエーションだけでもうまく描かれれば十二分に面白いゲームを提供できるものではあるのですが、後半に進むにつれこのゲームの面白さはそんな一般的なもので語りきれるものではないことに気づいてくるでしょう。全編通してのテキストのセンスの良さ、青を基調とした全体の色彩イメージ、無機質と有機質が調和した耳に残るBGMにまず引き込まれ、そしてゲームを進めるにつれ次第に明らかになってくる、全体としてのバランスの良さと個々のアイテムレベルの良さとの見事な共存。
全体の設計の良さ、伏線の張り方、ネタの幅広さ、切り込み方、見せ方。一つ一つの部品を単体で見れば舌の肥えたプレイヤーにとってはもしかしたら陳腐かもしれませんが、その一つの部品をどこでどのように使い、見せるのか。一つ一つの部品の『生かし方』がとにかく上手い。それは元を正せば、ゲームとしての構成の上手さが抜群だから、としか言いようがありません。
コンシューマギャルゲー、PC系Xゲームすべてを通して見ても、これほどまでに綿密な設計がなされ、その緻密な設計に負けないテキスト表現を持ち、それでいながら技巧に頼るだけでなくしっかりとした命をそこに根付かせた作品。それが本作品Ever 17であり、まさしく『傑作』と呼ぶにふさわしい作品である、と思います。
本作品の面白さと素晴らしさの本質に迫るためにはどうしてもネタバレ要素を避けられないため、詳しい話はネタバレセクションに譲りますが、とにもかくにも数年に一本程度の大傑作である、と言えましょう。最後にはすべての謎が解かれるため、純粋にエンターテイメントとして楽しめる一作であり、プレイ総時間も30時間程度。私はPS2でプレイしましたが、メッセージスキップなどもかなり快適でWindowsゲームと大差ない快適さでプレイできます。
移植ものの多いKIDから、コンシューマギャルゲーとしてこれほどの大傑作が出てくるとは全く予想していませんでしたが、とにかく見事、としか言いようのない一作でした。しかし未だPS2版が約1万本強、DC版5000本程度と、作品の中身には全く見合わぬ販売本数にあえいでいる様子。私としてはおかしな萌えゲーなどはなくこういう本当に良質なゲームこそ売れて欲しいし、ゲーマーとしてこれをプレイしないのはもったいないと思います。是非とも皆さんもプレイしてみてください。
ネタバレゲームインプレッションは長文になるため、別ページに分離しました。興味がある方はお読み頂ければ幸いです(コンプリート前には絶対に読まないようにしてください)。
とらいあんぐるハートシリーズ。数多あるギャルゲー/Xゲームの中でも、LeafやKeyなどに並んで様々な意味で『濃い』ファンの多いシリーズ作品だったと思いますが、そんなシリーズ全5作に加えておまけシナリオまで追加して\9,800というお買い得な値段で発売されたのが、このとらいあんぐるハートDVD Editionです。
私自身、すべての作品をプレイしていなかったこと、また完全にはコンプリートしていなかったこともあり、今回は全作品を最初から通してプレイしたのですが、いやはやとにかく時間のかかることかかること。普通のゲームが3作品、ファンディスクが2作品。最新のゲームシステム上にリメイクされているとはいってもやはり5作品分の分量というのは並大抵ではありません。全体の流れなどを掴みたいという意図もあり、敢えて他のXゲームは挟まずにプレイしていたのですが(コンシューマギャルゲには浮気してましたが(笑))、よもやフルコンプまで4ヶ月近くかかろうとは思ってもみませんでした。
とはいえそれだけの分量のゲームをそれほどの苦もなくプレイできたこと、そして全編を通してリプレイすることにより、以前は見えていなかったとらいあんぐるハートの世界の断片と魅力がようやく分かった、というのもまた事実でした。詳細はここには書きませんが、確かにそこには『とらハワールド』とでも呼ぶべき一つの世界が存在していた、と思います。
正直なところ、おそらくこの作品の魅力は相当に人を選ぶであろうと思います。この魅力は分からない人には間違いなく分からないだろうし、魅力だともなんとも思わない人がいても不思議ではないと思います。また一部のファンの熱狂ぶりは作品自体が仮に良かったとしてもプレイそのものを遠ざける原因にもなるでしょうし、そもそも作品の出来が絶対的に良いのかと言われれば、やはりどう甘く評価してもひどいストーリーだと言わざるを得ません。……にもかかわらず、この作品には間違いなく『魅力』がある。減点法で評価すれば限りなく0点に近いのに、加点法で評価すると人によっては満点以上をつけたくなる作品、そういう不思議な魅力を持った、極めて人を選ぶゲームなのです。
この直前に書いた"Ever 17"はある意味、一般大衆向けにチューニングされた素性の良いエンターテイメント作品として大傑作である、と言ってよいと思うのですが、とらハとEver 17のどちらが『好き』か、と問われたら、私は間違いなくとらハである、と答えるでしょう。そしてとらハの何が一番好きかと聞かれたら、私は『さざなみ寮』である、と答えるでしょう。さざなみ寮やとらいあんぐるハートの世界がどれほど甘っちょろい現実性のない世界であるか、それを百も承知しながらも。
Ever 17はゲームが好きな万人にお薦めできるゲームでしょう。それに対してとらハは口が裂けてもお薦めのゲームとは到底言えませんし、『通じる人にだけ通じればよい』『こういうのが好きな人だけ好きでいればよい』タイプのゲームだと思います。ただ、ひとつだけ。一般に思われているような単にキャラ萌えだけのゲームではない。キャラ萌えだけでここまで大ブレイクすることはあり得ません。それだけははっきりと書いておきたいと思います。
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別居中だった父親の突然の事故死から早一ヶ月、せめて四十九日の間くらいはと夏休みの終わりに訪れた田舎の実家で主人公は四人の従姉妹たちに再会する。両親を早くに亡くし、扶養してくれていた主人公の父親をも亡くした従姉妹たちも徐々に明るい笑顔を取り戻しつつあったが、突如、謎の猟奇殺人事件が起こる……。
比較的古参のゲーマーの中には『痕』という作品に特別な思い入れのある人が少なからずいるはず。Leafが爆発的ヒットするきっかけとなったTo Heartの前作として、当時、知る人ぞ知る名作として名高かったのが『痕』と『雫』の二作品。今回、シナリオのリライト、CGの描き直しを行ってリニューアル版として発売されたのが本作です。細部に渡って調整が行われているようで、かつての凶悪とも言えたフラグ管理は影をひそめ、ハッピーエンドを見て選択肢を増やさないとトゥルーエンドが見られない、というシステムも排除されました。さらにはラストにネタバレシナリオとして耕一エンドが追加され、本作のバックボーンとなっている背景設定が語られ、ほぼすべての謎が解き明かされるという形になっています(あまり本質的には重要ではないので、この部分だけのために購入する必要性はないと思いますが)。
さすがに古い作品ということもあり昨今の作品に比べるとボリューム感はなく、そこそこのスペックのマシンであれば5〜6時間程度でフルコンプリートできるだろうと思いますが、リプレイしてみて、やはり今見ても非常に良く出来た作品であると感じさせられます。特筆すべきはこの作品の芸術性の高さでしょう。舞台設定、キャラクタの心理と動きとその描写、サスペンスものとしてのストーリー展開手法、マルチビューとも呼べる複数視点の使い方。静的な作品世界の構造のみならず、それをどう展開し、魅せていくかという動的な部分にも見られる素晴らしさ。個々の要素は今となってはその後に出た作品で使い古されてしまったものが多いにもかかわらず、全体として見た場合の完成度の高さは芸術的であり、今なお舌を巻く上手さである、と感じさせられます。
しかしそれが面白いかどうかということになるとまた別の話、と言わなければならないのが難しいところでもあります。本作をプレイした感想は「あー、良く出来てるな」であり、「あー、面白かった」ではなかったのです。
もともとこの痕という作品が当時高く評価された理由には、少なからず「初めてだったから」という部分があります。例えば、高度に練り込まれたストーリーと切れ味を持ったテキストを持ち込んだこと、『分岐の増加』というシステムを使い、徐々に作品の全体像が見えてくるという展開手法を使ったこと、などなど。今からすればそう珍しくはないものですが、当時エロゲといえばエロしかなかった時代に全く違う手法を持ち込み、文学とエロゲの間の学際領域を新たに開拓したことは非常に斬新なことだったのです。『痕』自体は伝奇モノとしての"暗さ"があったこと、また前作『雫』は物語的な粗さもあったため、本格的にブレイクしたのはTo Heartになってからですが、新たな領域を明確に開拓したのはおそらくこの『痕』という作品でしょう。実際、このゲームで人生の迷い道に入ってしまった人(笑)も少なからずいるでしょう。
その『新しさ』は痕という作品の大きな武器ではあるのですが、半面、その新しさが当たり前となってしまった今、改めて本作をプレイしてみると、新しさから来る『驚き』はなく、すでに白日の下に晒されてしまった構造から見出だされる新たな『奥深さ』もなく、各キャラクターの心理も改めて考察が必要と感じさせるものもなく、あるのはただ「作品構造はやはり非常に良く出来ているな」という、やや突き放した感想でしかありませんでした。これは私の推測ですが、非常に良く似た雰囲気を持つ月姫の後で本作をプレイした場合、月姫の方に票を入れる若手のプレイヤーは多いだろうと思います(もちろん、その理由は様々だとは思いますが)。
結局、本作をプレイして再度痛感させられたのは、作品がリリースされたタイミングや時代背景までひっくるめた上でないと作品に対する正しい評価は下せないということでした。冷静に考えてみれば当たり前のことではあるのですが、とらハシリーズのように時間の流れに対して普遍性を持った作品の作りではないので、時代が変われば評価が変わるのも仕方ないのでしょう。決して悪い作品ではなく、よく出来た作品ではあるのですが、やはり古典的な一作だな……というのが正直な感想でした。