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以前の雑記で CIRCUS の O157 ゲームの話を書いたが、今度は minori が(転売禁止の念押しをして販売していたグッズの) Yahoo オークションへの出品に制裁を加えようとしたそうだ。事の仔細や法的解釈は Ken 氏の X-GAME STATION の掲示板や戯れ言(日記)、または 2ch の minori スレッド (Vol. 20, 21 あたり) にかなり詳しくまとめられているのでこちらを参照。ネタとしてあまりにツッコミどころ満載なのですでに突っ込まれまくっているようだけれど、今回の件、法的な正当性や解釈を抜きにすると、モラルのない人にモラルに欠ける対処を取ってしまったことによる minori 自身の損失があまりにも大きいと思う。ユーザの信頼や信用を得るには誠意も時間も必要なのだが、失うのに要したのはたったの数日。あの発言で、自らの価値ある資産を自ら捨ててしまうことになったのだと考えると、その損失は計り知れない。
今回の件での minori の対応ミスの原因は普通に考えると二つある。一つは顧客重視の不徹底。まず最初に考えるべきことは転売屋を叩くことではなく購入できなかった人へのケアであった。もう一つはメッセージの受け取られ方に対する思慮の不足。買い手にとっての重大事は「オークションに手を出さずとも霞湯のみを購入できるか?」ということであり、そして minori がそうしたユーザニーズを汲み取ってくれる嬉しい会社であるかどうかだが、そこに対して最も有効な形ではメッセージを出せていない。
しかし本当の意味での minori の問題は、minority に留まっているが故に通用してしまう物事の考え方にある。minori がその後自社 Web サイトに掲載した「ここまでの経過のご報告とminoriの見解」と題したメッセージ(11/24修正版)も、話の前半は「自分たちが作ったものの売り方やその後の取り扱われ方」にフォーカスしていた。先日行われたトークライブではファンディスクのオープニングを見る権利をかけたジャンケンマッチを主催しただとか様々なトンデモ発言があったりだとか(詳細は MU-6 氏による11/29のレポート参照)。良いコンテンツを持っていることが絶対的な力を持つという論理は、少数の熱狂的ファンと制作者たちだけで作られた小さな閉鎖世界の中では十分に通用するし、社会的責務をあまり意識しなくてよいマイナー会社に留まりつづけてよいのであれば、今回のような行動や発言もたいした問題ではない。しかし majority となったときにも同じ発言、同じ行動、同じ論理が通用するだろうか? これがその名の通りマイナー会社でありつづけようとする "minori" のポリシーなのかもしれないが、なまじ断片的には実力が垣間見えるだけに本当に minority に留まってしまっているのはやや残念ではある。
確かに思慮の浅さというか行動の伴わない舌先三寸なところは Wind ゲーム本編やお試しブックなどからもかなり伺えたところではあるので「やっぱり」という感も多分にあるのだが、今回の一件、Ken 氏の言うように他山の石として自らを振り返る材料にはしたいものだと改めて思う。
ナムコ、血迷ったか?(^^;) と思わずにはいられなかった恋愛ADV。いやはや、ときメモ3を初めとして3Dポリゴン系技術は今こそ投資しておかなければならない技術であるのは確かではある。一昔前、デジタル彩色アニメも同じように叩かれた時代があったが、今ふと周りを見回してみれば違和感なくCG技術を融合させたアニメは非常に多い。今のうちから技術力を付けておかなければならないと考えるのは自然なことであり、実戦的に研究投資していくのは決して間違った戦略ではない。……のだが、そうはいってもさすがにこれはどうだろう?(^^;) あらゆるジャンルに強い黒田洋介氏も特殊性の強いベタベタの恋愛ゲームに関しては未知数なだけに、非常にリスクの高いゲームであることには違いないと思う。
考えてみれば、ときメモ3と併せてゲームファンドを立ち上げたコナミはかなり上手かった。一部の熱狂的信者を持つときメモというブランド力を使って、ゲーム開発に伴うリスクをユーザに分散させる。開発メーカが一方的に開発リスクを背負うモデルに風穴を開けたのは事実だった。このファンドが成功してくれていたのならなお良かったのだが、残念ながらそうはなりそうにないらしい。ときメモ3のエンディングスタッフロールに流れる投資者一覧は、今となってはさながら墓標のようだ。(個人的にはあのスタッフロールの上位陣がいったいいくらの出資をしていたのかというのが気になるところ。160 万円を注ぎ込んだという minori の酒井氏ですらあの位置、果たしてトップはいったいいくら投資したのだろうか……?)
なんにせよときメモ3の残痕が癒えきっていないこの状況下で果たしてナムコがどのような快作(怪作?)を放ってくるのかはいろんな意味で見もの。さてはて、どうなることやら。
サーフィンしていたらたまたま見つけた Web サイト。とらハ関連の用語 1200 単語以上を収録しているという、名実共に最強の作品大事典。見つけた瞬間、すげぇと思うと同時にやはり作られていたか、とも思った。実はとらハ DVD Editionをプレイしている最中、真っ先に考えたのは作品データベースを作りたいということだった。私の場合、特に SS などを書くわけではないのだが、優れた作品を自分なりに消化していくにあたってそのストーリーやキャラクターをまとめたり設定を整理したりしていくことは非常に重要だし、この作品は十分そうした解析にも耐え得る素材だと直感的に感じたからだ(こうした作品解析を行うと往々にして作品側がそれに耐え切れずにボロが多量に出てくる)。
もっともその考えも、通しでプレイしたときの 3 の出来の悪さに閉口し、リリちゃで作品を投げたくなったためにあっさり放棄。かろうじてゲームインプレだけは全作を通してまとめたのだが、それですらキャラクター間の相関関係や筋書きをまとめるのに一苦労。インプレを整理するのにはかなりの時間を要した。それらを考えると、あの膨大なデータ量を纏め上げたとらハ大事典の晴海姉ぇ氏と拓ちゃん氏のパワーは素直に凄いと思う。自ら『とらいあんぐるハートシリーズの用語事典決定版』と掲げる看板も決して大げさではないし、嘘偽りはない。
こういう情熱を注ぎたくなる『何か』がこのとらいあんぐるハートという作品にはあるのだろう。無断リンクはしないで欲しいと書かれていたのでこちらからのリンクは張らないが、google などを使えば容易に検索できるので是非とも一度見てみて頂きたい(というか、多分知らなかったのは私ぐらいなのだろうけれど(^^;))。
つい先日、DVD で劇場版のスパイダーマン(洋画)を見たのだけれど、これがもう凄まじい出来だった。まるでターザンのような動きをするスパイダーマン、これでもかというぐらいの主人公のヘタレっぷり、めっちゃ老けまくっていながら高校生を自称するヒロイン、挙句の果てに主人公の友人が「パパはすごいんだ!」とか言い出したときにはさすがにどうしようかと(^^;)。思わずこれは日本の出来の悪いギャルゲですか?とツッコミたくなってしまった。
私は原作を知らなかったのだが、後で聞いてみたところ元々の原作がこんな感じなのだそうだ。原作を忠実に映像化するとこうなるらしいのだけれど、それにしてもこの映画、果たしてどう見たらよかったものやら。この作品は主人公のヘタれっぷりがなんともよいのだそうだが、どうせヘタれるのなら君望ぐらいヘタって欲しい、というのが私の思うところ。要するに、中途半端なのだ。ヘタれ作品としてツッコミを入れながら見させるようにしたいのなら叔父のシーンは不要だし、真面目に見せようというなら「パパはすごいんだ!」はさすがにあんまりだろう。作品として一貫性があるかどうか。コンセプトは何なのか。それがシーンごとにぐらつくのだ。結果として、この作品、果たして何をやりたかったのか、何を作りたかったのかがまるで分からない。映像効果は確かに凄いのかもしれないけれどそれを超えるものがないということは、この作品、スパイダーマンを単に映像化したかっただけ or 忠実に映像化することそれ自体が目的だった、ということなのかもしれない。原作を知らないので勝手な憶測に過ぎないけれど。
なにはともあれ、マーケティングにひっかかってこういう作品を見てしまうと洋画を見る気が大きく失せてしまう。確かにサブカルなどしょせん玉石混合ではあるのだが、どうも私にはハリウッド的な大味さが肌に合わないだけに外れと感じることが多いらしい。やはり私の場合は日本のアニメを見て「はにゃ〜ん」してるのが正しいってことですか?(^^;)
ちょっと気になったのでアニメ版スパイラルを録画していくつか見てみたのだが、これがなかなか厳しい出来栄え。セリフも筋書きも原作通りなのにこうも原作と受ける印象が違うのはコミックスにある『間』が再現されていないからだろう。コミックスはコマ割り、文字の大きさ、効果線などで読者の読む速度を上手にコントロールし、物語に緩急をつけている。この『間』や『溜め』をコンテにうまく落とし込めていないとまさに『垂れ流し』アニメとなる。
とはいえ本当に優れたアニメ化とはこうしたレベルを超越したところにある。例えばCCさくらや名探偵コナンなどを思い浮かべてみれば分かりやすいのだが、これらの原作とアニメを並べて比較してみるとセリフにしろ見た目にしろかなりの違いがある。しかし作品から受ける『心象』は同じであり、だからこそ原作もアニメもどちらも同じ「CCさくら」「名探偵コナン」と思える。コアコンセプトを変えずに表現手法を変えたもの、それが本来あるべき優れた「アニメ化」なのだが、質の悪いアニメ化作品はコミックスで行われた「表現手法」自体をもコピーしようとする傾向がある。文字媒体だからこそカッコいいセリフ、紙媒体だからこそカッコいいカットというものもあるわけで、そのカッコ良さの本質を的確に捉えずに表現手法を安易にコピーしてしまっている作りはプロの仕事とは言えない。それでも前述したような『間』や『溜め』をコピー出来ていればまだマシなのだが、それすらも出来ていない作品は目も当てられない。そういう作品は、いくら作画が良くて声優さんが上手くても、そして見た目の作りが原作にいくら似ていても、これは違う作品だ!と叫びたくなってしまう。
私は幸いにしてスパイラル原作のファンではないのだが、原作ファンにしてみればこうした作品はまさしく原作を土足で踏みにじられたような怒りすら感じるのではないかと思う。私も過去いくつかの作品についてそのような思いをしたことがあったのだが、最近は久しく出来の悪いアニメ化作品に出会っていなかっただけに少なからずショックを受けた。原作人気におんぶに抱っこではさすがに情けない。これが「だぁ!だぁ!だぁ!」「ちっちゃな雪使いシュガー」「あずまんが大王」などの名作品を次々と輩出している J.C.STAFF の作品だと思うとちょっと泣けてくるというものだ。
まほろまてぃっく第二期シリーズのOPテーマ、「そ・れ・い・ゆ」。タイトルはフランス語で「太陽」だとか「ヒマワリ」の意味を表す言葉らしい("soleil")。歌詞の方はさてはてどうしたものやらという感もあるけれど、メロディーラインと編曲は抜群。実はこの OP テーマのフルコーラスが聞きたかったためだけにサントラCDを購入したのだけど、さすが増田 俊郎氏が手掛けられただけのことはあるという、手応えのある曲だった。
増田氏の手掛けた BGM やテーマ曲はいくつか知っているが、曲調自体は比較的似ているものが多い。この「そ・れ・い・ゆ」とて、@ まほろまてぃっく第一期 OP テーマ「かえりみち」、A だぁ!だぁ!だぁ!第一期 OP テーマ「ハートのつばさ」、B 藍より青し OP テーマ「永遠の花」、の 3 つを足し合わせて 3 で割ったような曲だ(笑)。そういう意味で芸の幅が広いようにはあまり思えない方ではあるのだが、細部のメロディラインの繊細さや編曲時の音の作り込みは最近のアニメ業界では群を抜いている。また、どの曲も前奏や間奏が簡潔で曲全体が非常にスマートであり、さらにそれぞれが作品のテーマやイメージに上手くマッチしている。どちらかというと芸風の広さよりは音の持つ奥深さで魅了してくれる。強烈なインパクトこそないものの、非常に安定した質の高い曲をコンスタントに作り出しているのは見事だ。
増田氏の手掛けられた曲の中でも、だぁ!だぁ!だぁ!第二期 OP テーマ「HAPPY FLOWER」のスピード感ある楽しさ満載のメロディライン、その展開の上手さには舌を巻いたが、この「そ・れ・い・ゆ」では曲が作り出すイメージに舌を巻いた。どこか望郷の念を感じさせつつも、暖かく、それでいて力強い前向きさを感じさせてくれる曲。ライナーノーツで増田氏が書かれている通り、「まほろまてぃっく」は確かに現代の癒し系代表作品ではある。しかし一方的に与えられる「癒し」ではなく、その中から自然と生まれてくる前向きな気持ちをメロディラインと編曲で見事に表現しているのが素晴らしい。かなりトリッキーな曲運びではあるのだが、それがクセになる。3、4 回と繰り返して聞くといつの間にか中毒症状になっている、そんな感じのある曲だ。こういう中毒性は I've の Ever stay snow 以来かもしれない。歌詞がダサいのが非常に惜しいところなのだが、最近、自分的に今ひとつヒットソングがなかったアニメソングの中では久しぶりの快作に感じられた。
しかし面白いのは、この増田氏が桜井監督と同じ大学の音楽サークルに所属していたという話だ。詳細はだぁ!だぁ!だぁ!オリジナルサウンドトラックのライナーノーツにあるのだが、大学卒業後 10 年以上経ってから十兵衛ちゃんで再び協業したとき、相手の仕事ぶりを見てお互いに成長を実感しあったそうだ。10 数年後にこんなふうに互いを評価し合えるのはなんとも素晴らしい話だと思う。
増田氏はゲーム業界の I've と並んで個人的にかなり注目している作曲家さんなのだが、次回作は果たしてどんな名曲を作り出してくるのか。非常に楽しみだ。
Matrox Millennium G550 では Grand Prix 4 はからっきしダメダメなので、ということで GeForce4 Ti4200 を購入してみる。……が、ほとんどフレームレートが変わらないのに驚き。理由は至って単純で単に CPU パワーが足りないせいなのだけれど、洋モノな 3D ゲームは意外に CPU パワーも食うのだと知ってちょっとびっくり。
というか、同人ゲームだとか Galaxy Angel とかしかプレイしてないと、CPU パワーなんてほとんど要らないんですよね。むしろ GPU のパワーがものを言う。サークル Project YNP さんが作っている Cyber GrandPrix ver.0.72 も軽々と 60 fps で動作するようになって全く違うゲームへと変化。そのノリで市販のゲームを考えたのが失敗。(^^;)
しかし気のせいなのか 2D の動作が Millennium G550 に比べてもたつく印象が。加えて SXGA 液晶ディスプレイを使ってるので G550 のような 2 倍拡大機能がないというのも不便。……うーん、G550 に戻そうかしらん?(汗)
#というか、SXGA 液晶モニタメーカ各社は VGA 2倍拡大モードを頼むからつけて欲しい(^^;)。他の SVGA や XGA のアスペクト固定拡大モードは要らないので。(笑)
先月号と今月号のなかよしに掲載された、コゲとんぼさんの「かみちゃまかりん」。正直なところ、なかよし編集部のコーディネータとしてのあいかわらずの手腕の高さは認めつつも、読み始めた頃(もう 10 年以上も昔だけれど(^^;))に比べて雑誌として随分様変わりしてしまったなぁと改めて実感させられた。今やなかよしの誌面を飾るのはかつてのコテコテの少女漫画ではなく、どれみやだぁ!^3を初めとするアニメとのタイアップや、著名脚本家によるシナリオつき、アイドルたちを題材とした二次作品的なものが多い。目次を見てみるとよく分かるのだが、掲載作品の実に半数以上が原作つきだったりシナリオライタつきだったりする。
ここ数年のなかよしの地盤沈下傾向はこのサイトなどに掲載されているデータを見ればある意味一目瞭然ではある。94年前後のピークが美少女戦士セーラームーンによって一時的にもたらされたものだと考えてその反動を差し引いたとしても余りある下落ぶりだろう。結局、このときの成功体験、そしてその後に続くレイアースなどの企画力による成功が、本来の雑誌としての基礎体力の維持を忘れさせてしまったと言えるようにも思う。セーラームーンの後、なかよしはアニメとのタイアップや原作つきアニメなど、企画力にモノを言わせた戦略を大々的に展開していっており、実際「カードキャプターさくら」や「娘。物語」などのヒット作をうまく出しているのも事実であるが、半面、オリジナル作品に関してはとてつもなく弱い雑誌になってしまった。
振り返ってみれば紫部さかなさんや野村あきこさんを始めとして、非常に多くの優秀な作家さん達がなかよしを去っていってしまっている。当時、作家さんの何人かは編集部との間にあった様々な確執を思わせる文章を Web サイトで公開していたが、あれから 5〜6 年経った今、改めて振り返ってみると、あの作家さんたちの判断はある側面では正しいものだったのではないか、という気もする。
もちろん、シナリオとイラストの分業化を積極的に進め、それぞれのプロフェッショナルを組み合わせて質の高い作品を作っていこうとするなかよし編集部のアプローチが根本的に間違っているとは思わないし、優秀な作家さんにしてもその感性が今でもそのままの形で通用するとは思わない。しかし上っ面ではなく『芯』を持った作品を描けるかつての優秀な作家さん達の大半を抱え続けられなかったのには、おそらくそれ相応に根の深い問題があるのだろう。バブル崩壊後、今なお日本の経済が立ち直りきれていないのと同様に、その治療には抜本的な改革が必要なのかもしれない。根源的な原因はどちらも比較的似ているような気がする。
IT 業界関係の仕事をやっているとどうしてもかなりの量の雑誌(月あたり 10 冊程度)を読まなければならないのだが、その中でもマーケティングとコンピューティングの狭間を狙っていた日経ネットビジネスが今度休刊になるらしい。正直、専門外のマーケティングを IT と絡めながら分かりやすく説明してくれるコラムなどが充実していた雑誌(←あくまで私のレベルにとって、だが)だっただけに休刊となってしまうのは非常に惜しいし残念なところだ。
最近、IT 業界向けの優良な雑誌が昔に比べて少なくなったと思う。自分自身の実力がついてテクニカルライターさんの力量を見抜けるようになったという部分も大きいのだろうけれど、それにしてもひどい記事は多い。多少のことは目をつぶるにしても、明らかな調査不足や風評を誇張していい加減な記事を書かれると、これで技術誌を語らないでくれ、と言いたくなる。見出し文の最後に小さく「?」でも付けられていればまだ笑いのネタにでもなるのだけれど(^^;)……とはいえ、ライターさんにも同情する部分はある。実際、IT 業界の真っ只中に身を置いている人々ですらあまりの技術の広さと進歩の速さに追いつくのがやっとだというのに、幅広い技術を取り扱わねばならないテクニカルライターがそうそう追いついてこられるとも思えないのは確かだ。
そんな中でも Java World や Windows2000 World を始めとする IDG が出版する雑誌群は全体的にレベルが高く、記事の内容も的確だ。特に Java World はかなりの長期に渡って質の良い記事を載せており(もっとも時代を先取りしすぎていて 1 年ぐらい前の記事がちょうど良いというのがなんとも皮肉なのだが)、読んでいて技術は楽しいものだと感じさせてくれる素晴らしい雑誌の一つだと思う。是非ともこれからもこうした良質な記事をたくさん読んでいきたいものだ。
一昨日のなかよしの話の続き。この話で書きたかったことは、マーケティング力や企画力に注力しすぎてコアコンピタンスを失ってしまうと短期的には成功しても長期的には失敗するリスクが高い、ということだった。とはいえ、コアコンピタンスを守りつづけることだけが重要だと書きたかったわけでもない。やはり目を引くような売り方をしなければどんなに中身が良くても売れないわけで、要するに(当たり前のことだが)両者のバランスが取れていること(なおかつそれらがそれぞれ優れていればなお良し)が重要なのだ。
この「上っ面と中身のバランス」というのは身近なところでもよくある話だ。例えばコミケでは表紙が綺麗なサークルの本がよく売れる。本編も出てないのにキャラクタのイメージ CD だけは飛ぶように売れたセンチメンタルグラフィティなんてものもあった。しかしもうちょっと長期的な目で見てみると、コミケで長期的に成功している大手サークルはやはり中身もそれなりに良い。ゲームが発売された後のセンチメンタルグラフィティといったら……懐かしい話である(笑)。
しかしこの「上っ面と中身のバランス」という話は何も組織や商品だけでなく、個人に対しても当てはめて考えることができる。例えばエンジニアについて考えてみると、プレゼンテーション力の弱い人はいくら技術力があってもなかなか認めてもらえず、逆にプレゼンテーション力は強いが技術力を補強し続けることを怠った人はいつの間にか袋小路に追い込まれる。こんな例はおそらく身近に何件も見て取ることができるだろう。
ふと自分を振り返ってみれば、最近の忙しさにかまけて勉強不足になりつつあるのも確か。ゲーム業界やマンガ業界であれば「売り逃げ」、すなわち続編を作らないとか廃刊するとかの選択肢も取れるだろうが、『個人』の場合はなかなかそうはいかない。それだけに、改めてなかよしの販売実績数グラフを見てみると未来予測図としてちょっと恐ろしくなるのもまた事実。……勉強しなくっちゃなぁ。(汗)
12/7 の雑記の続き。いろいろ調べてみると最近は P4 系のマザーも 1 万円台前半になってきた上に Celron 2GHz あたりだとこれまた 1 万円台前半で買える、ということも分かって、P4PE と Celron 2GHz をさくっと購入してマシンを組んでみる。……うーむ、速い。(^^;) 普段使っているマシンが P3-733MHz という 2年以上前のマシンだからというのもあるけれど、やはり CPU 速度で 2 倍以上も開いているとさすがに全然違う。MPEG Creator で録画した MPEG2 ファイルの編集したりしていると体感速度的にもかなり違う。
で、ご多分に漏れずオーバクロックも試してみると、あっさり 2.66GHz で動作。なんでも Celron 300A に続いてオーバクロック耐性のある CPU らしいのだけれど、それにしてもお手軽すぎ。CPU とマザー、メモリ 512MB を合わせて約 \40k。なんか非常にお安い買い物をした気が。
というわけでさっそく GP4 でチェキ。P3-733MHz では 13fps 程度だったけれど、これを Celron 2.66GHz マシンに載せ変えてみるとあっさり 27fps に。ミラー内のオブジェクトの描画を省略すると 33fps ぐらいまで上昇。やはり CPU パワー不足でした(汗)。結局 Ti4200 と合わせて 6 万円ぐらいの出費(実際にはケースも買ったので 7 万円ぐらい?)だけど、その程度でこれだけのパフォーマンスのマシンが手に入るとはいい時代になったものだなぁ、としみじみ。……というか、今使ってるマシン、2 年ぐらい前に組んだんだけどいったいいくらしたんだっけ?(汗)
1 パス。(←こらこら(笑)) 理由は今日発売の某ゲームのため、ということで。
#これ、結構面白いかも。広げた風呂敷、ちゃんと畳めるか? 現在 41 周目。
昨日の 1 パス、これ、Prismaticallization というかなりカルトなゲーム。様々なサイトで時々絶賛されていることもあって前々から気にはなっていたのだけれど、1500 円という廉価版が販売されたこともあってせっかくなので購入した、というわけで。
予備知識なしでとりあえず 1 キャラ目(みゆ)をクリアして思ったこと。ネタバレなし。
- 絶対的完成度の高い芸術的作品。
- 作品テーマは非常に分かりやすいし、作品全体としての一貫性がある。落としどころも上手い。
……と、べた褒めしたくなるところなのだが、しかしこれ、果たしてコンシューマゲームとしてはどうか。ゲームデザインまでをも含めて芸術性が高いことは認めるし、メッセージも非常によく伝わってはくるのだけれど、ある意味、論文ちっくなのだ(^^;)。例えば仕事や研究で優れた技術論文を読めばなるほどと感心するし、素晴らしいと感嘆もするだろう。ある種の感動も味わえるかもしれない。しかしそうした技術論文の多くは一般大衆向けではない。ある限られた枠の中でこそ絶賛を受けうるものだろう。
ゲームの扱っているテーマは、どちらかというと otherwise の "sense off" や "未来にキスを" に近い(ただしそのテーマに対する回答はかなり違う)。これらのゲームも人を選ぶが、このゲームはそれ以上だ。なぜなら sense off などはそれでもまだ一般大衆向けにしようという配慮が多少はなされていたが、Prismaticallization はそうした配慮がまるでない。どこまでもストイックに完成度(作品としての一貫性)を求めている、そんな雰囲気がある。
確かにそれは成功しているのだが、作品自体がそもそもパイの狭いところを扱っている&狙っているのに、マスを狙うべきコンシューマ市場でこれを出すというところがそもそも矛盾している。作品の一貫性は高いのだが、販売戦略がそれに矛盾している、といったところか。実験などしなくとも、こんなものがコンシューマで通用しないのは明らかだと思うのだが。ゲーム中で哲学するぐらいならこの程度の思考実験はしようよ、という感じ(汗)。
ニッチ市場という意味では X ゲーム業界で出した方がおそらくは成功したのではないか、そんな気がする。少なくとも目と舌の肥えたプレイヤーにはかなりお薦めできるゲームのように思える。……といっても、最終的な評価は最後までプレイしてみないと分からないですけどね。(^^;)
残念ながら amazon では品切れみたいだけど、今ならその辺のお店で買えるかも。論理思考好きなあなたには強烈にお薦めな一作かも。……人によってはグサリと刺さるかもしれないけれど。
いろんなサイトのレビューは果たしてどうやって書かれているのか?と不思議に思うことがしばしばある。いや実を言うと私自身は記憶力がほんっとになくて、ゲームをプレイし終えた直後に「あれ? このヒロインの名前って何て言ったっけ?」とか言い出す始末(汗)。キャラの名前ですらそうなのだから、シナリオになると本当にまるで覚えてなかったりする。シナリオ中に一つや二つはある決めゼリフもその場限りでエンディングの頃にはすっかり頭から消え去っている。うーん、まるで健忘症(^^;)。
ではそんな私がどうやってゲームのインプレを書いているのかとゆーと、実はゲーム中に鍵となりそうなセリフが出てくると全部メモを取りながらゲームをプレイしていたりする。例えば「それ散る」で取ったメモの量は62kB、「水月」で50kB、「とらハDVD」の場合となると150kB(ちなみに行数ベースで言うとだいたい2700行ぐらい、400字詰め原稿用紙にギッシリ書いて200ページ弱ぐらい(^^;))。ここで収集した情報を元にシナリオを再度俯瞰してみて、テーマが何だったのかを再考察したり、プロットの整合性やストーリー展開を再検証したりしている。
ちなみにご参考までに、一番ひどかったゲーム解釈がAIRだったりするのだが、これの場合はまずA4横に3段組み、5ポイントぐらいの文字で全シナリオテキストを印刷(200ページ以上あったかな?)。そして右手に黄色いマーカーペン、左手には付箋紙を握り締め、キーポイントとなりそうな文章をことごとく洗い出し(笑)。そこから前後関係的に矛盾しない解釈を仮説検証法でひたすら考える。仮説を立てては付箋紙のポイントと比較して矛盾の有無を確認し、仮説を修正してはまた確認、の繰り返し。……今さら思えばどう考えてもバカとしか思えないような作業をやってるわけですが、これがまたそれなりに面白い作業だったりするのも確かだったり。(←別に国語力があるわけでも読解力があるわけでもなく、ただ根性とパワーで解決しているだけの話なのです(笑))
で、それが終わって筋の通った解釈を見つけたら、次はこれを構造化。自分の解釈をどういう手順で説明していくのか、そのストーリー骨格を決める。各セクションタイトルと、その中で語るキートピックを箇条書きにして整理。それが終わった段階で初めて細かい文章を書き始める(このときの細かい部分は最初に取ったメモから適宜引用したりしている)。基本的にはこんな流れでゲームインプレを書いている。
しかしこんな手間のかかることをしてると一つ一つのゲームインプレを書くのに時間がかかる。実際、手の込んだ長文ゲームインプレは頑張ってもひと月に1つ書ければいい方。なまじ気合いを入れて書き始めると普段の仕事にも影響が出かねない。……いや、うちって更新めっちゃ遅いサイトなんですが、書こうにもこれ以上のペースでは書けないんですよ(^^;)。
ところが X-GAME STATION さんを始めとして、しっかりしたレビューを月数本からそれ以上のペースでコンスタントに書き続けているサイトさんもかなりある。私のようなやり方をしていてはとてもそんなペースでは書けないであろうことを考慮に入れると、ゲームを終えた時点でゲームの中身をきちんと覚えているということなのでは?という気がする。……のだけど、レビューを書けるぐらいまでしっかり覚えているというのはかなり凄いことだと思うのですよ。
うーん、実際のところはどうなんでしょう? 誰か教えてください(^^;)。
先ほど全キャラクリア。いやはや、これは面白かった。哲学するゲーム、とはなかなか良く言ったもの。世の中の数あるレビューサイトにすでに名文とも言えるものがいくつも存在するので、今さら長文インプレをまとめるつもりは全然ないのだけれど、一応簡単には整理しようかなと思ったり。
しかしこのゲーム、自分としては上手いタイミングにプレイできて良かったなと思う。テーマ性を持ったゲームというのは往々にしてプレイする人を選ぶ。それはある種の経験や思考の類似性を要求する、ということなのだが、正直なところ、このゲームを発売当時の3年前にプレイしていたとしたら、このゲームが何を言わんとしているのかはさっぱり分からなかっただろうと思う。と同時に、このゲームのテーマ性がまさに皮膚感覚として、突き刺さるかのごとくに感じられてしまう今の自分のことを、少なからず病んでいるなぁ、とも思ってしまう(苦笑)。
それでもなお、このゲームの持っていたメッセージは限りなく前向きだ。ヴィトゲンシュタインが証明してみせた通り、論理形式を超越することは確かに不可能だが、ではそれに対してどうするのかという現実的な疑問に対して極めて前向きなメッセージを示して見せた。otherwise の元長氏は(あくまで現状認知に過ぎないが)逆転発想を示して見せたが、これに比較するととても元気のあるメッセージだ。ある意味では確かに至極当たり前なのだが、それでもなお、それを力強く見せてくれたこの作品に、最大限の賛美を送りたい。この力強い前向きさは、今まであるようでなかったと思う。
……って、ゲームをプレイしてない人には何のことだかさっぱりだと思いますが(汗)。ここのサイトに書かれているように、「はっきりした目標に向かって日々健やかに人生を邁進している方は、プレイしないほうがいい」というのは全くもって同感。日常に疑問を持っていない人がプレイするべきゲームじゃない。でも、そうでない人には極めておすすめのゲーム。1500 円と廉価なので、さくっと買って 1 キャラぐらいクリアしてみるのも悪くないのでは?
というわけで、ネタバレゲームインプレも軽く整理。いや直接ここにブックマークされてる方は気付かれないのではないかということで。(^^;)
今回のゲームインプレは箇条書きで端的に整理してみたのだけれど、まとめてみて読み返してみると結構すっきりしてるなぁ、と思ったり。こういうまとめ方をしたのは一つにはすでに発売後かなり経っているということもあるのだけれど、もう一つ、Prismaticallization というゲームそのものが非常に簡潔で要を得ているすっきりしたゲームだったことに影響されてという理由もある。
普段ゲームインプレを書くときには要点が分かりやすく伝わるように心がけて書いているつもりなのだが、Prismaticallization というゲームがそうであったように、余分なものを殺ぎ落としてすっきりした形で伝えるというのも一つアリだな、と思った。……とはいえ、こういう端的なまとめ方をしてそれに耐え得る素材というのがなかなかないのもまた事実なのではあるし、外した場合にかなり寒くてイタいゲームインプレになるのも恐ろしいところなのだけれど。(^^;)
……我ながらよくもまあ一ヶ月間も続いたなぁと思ったり。正直言って我ながらちょっと感心してたりする。まあ小学生の頃の夏休み日記を引き合いに出すつもりはないけれど、基本的に飽きっぽくて面倒くさがりな自分がよくもまあ雑記でつらつらと一ヶ月間も書けたなとは思う。内容はともかく(汗)。
しかしこうやって続けてみると、数多ある日記サイトがいかに凄いかというのが身に沁みてよく分かる。日記サイトといってもタイプはまちまちだが、いずれにしても作品を作ったりモノを書いたりするというのは自らが持つ情報を外に出して消費するということである。そしてその使った分に相当するモノを外部から補填するのは実際問題としてなかなかに難しい。Prismaticallization ではないが、日常にそうそうネタなど転がっていないのだ。「ネタにしよう」という視点で見たり記憶しようとしたりしない限りは(笑)。
雑記を始めた当初、自分なりの視点というか物の見方が出るような雑記になるといいなとか思って書き始めてはみたのだが、書いたものを改めて読み返すと本当に似たようなネタが多い。ちょっとこれじゃまずいよなぁ、と思う。多少ペースを落としても密度を濃くした方が読んでくださる方々にも面白い話題が提供できるかもしれない。
そんなわけで、とりあえずこれからはもうちょっとペースを落としてみようと思ったり。あいかわらずいいかげんな雑記ですけど、これからもよろしうに、です〜。
実は自分ではあまり意識して書いていなかったのだが、Prismaticallization 関連の雑記やインプレを見て「これは面白そうだ!」と思って購入しようとしている or 購入した方々が何人かいらっしゃる様子。……すいません、それは絶っっ対にやめた方がいいです、間違いなく。(汗)
この Prismaticallization はゲームとして『遊ぶ』分には全くといっていいほど面白みがない。例えば Ever 17 や鬼畜王ランス、月姫のようなものを想像しているのだとしたらそれは全く違う。これらのゲーム群は至る所にプレイヤーに『楽しませる』ための工夫がなされているし、読み手に対して『読ませる』ための工夫がなされている(成功しているかどうかについて異論のある人はいるかもしれないが)。
対して Prismaticallization はそうした工夫がまるでない。むしろ「ついてくる気のあるヤツだけついてこい(笑)」というような雰囲気すらある。この雰囲気や作り方は otherwise の作り方に近い。簡単に言うと、「ワンポイントのアイディア」で勝負する作品であり、そのワンポイントに機知を感じられればそれで十分というタイプのゲームなのだ。だから、極端に言えばこのゲームはその「ワンポイント」に気付ければゲームをコンプリートする必要すらない。実際、私自身このゲームをコンプリートしてはいない(最後は面倒になり、テキストを抽出して軽く読み流して終わりにしている)。
この「ワンポイント」なアイディアをどの程度面白い!と思うかどうかは人それぞれであるし、そもそもワンポイントな面白さぐらいで満足できるかどうかとなるとそれこそ人それぞれだろう。そもそも 7000 円近くも出して買ったゲームが 2 時間で終わっちゃいました、という場合にそれでもいいのだと割り切れる人はそれほど多くないだろう。
ただ、私は単純に「面白かった〜!」と思えるゲームも好きだが、同様に何かしらのワンポイントが残るゲームもまた大好きなのだ。これはゲームのコストパフォーマンスを全くといっていいほど考えていないからこそ出来る技なのかもしれないが、ただこういう『視点』(物の見方)の面白さはサブカルチャーだからこそ味わえる醍醐味でもあり、それはお金には換え難いものであるのもまた事実だと思う。逆に言うと、こういう新しい or 珍しい『視点』に出会えるからこそ、こんなバカみたいに高いゲームにお金を払ってもいいと思えるのかもしれない。
……じゃあ今年のゲームでいったい何がおすすめなのよ?? という方には以下の 3 本を強く推奨。この中から波長の合いそうなものを見つけるとよいのではと思う。ちなみに BALDR FORCE は歴代のゲームの中でも屈指の出来で、ゲームインプレをまだ整理できてないのが悔しいところ。なんとか今年中にはまとめたい……
- X ゲーム
- BALDR FORCE (戯画 / Windows / X ゲーム)
- 一般ゲーム
作品解釈や考察、それらの議論を Web 上でやっていると心理学の専門用語(例えばペルソナ、エゴ、アニマ/アニムスなど)が出てきて困ることがよくある。私は根っからの理系で心理学のことなどこれっぽっちも知らないのに専門用語で議論を煙に巻かれてしまう……かつてそんなことがあり、また自分自身の興味もあって一時期、心理学の入門書の何冊かを読んだことがある。その後、Sense off の元ネタと思われる(正確なところは分からないが)唯脳論なども併せて読んでみて、心理学について私なりに達した一つの結論がある。それは、心理学とは人間の脳の思考のクセをマクロスコピックな観点からモデル化しようとしたものなのだろう、ということである。
夢のかけらもなく科学的な視点から言ってしまえば、人間の心とは脳の活動(脳内物質の化学反応)そのものであり、それ以上でもそれ以下でもない。人間の思考は脳内の数多の化学反応の結果として現れるものである。しかし個々の化学反応が分かったとしてもそれはあまりに微細でミクロスコピックであり、人間の心理を考える上ではあまり役立たない。むしろマクロスコピックな視点に立った心理学が役立つ。心理学は人間の脳内での化学反応について言及してはいないが、人間の思考を無意識の部分まで含めてモデル化することにより、人間の思考を捉えやすくしている。養老氏は唯脳論の中で、脳がある種の構造的な特徴を持つが故に人間の思考にどうしてもクセが発生することを指摘しているが、一方で心理学者である林 道義氏は、自我もコンプレックスも心の癖なのだ、と述べている。つまり、心理学はまさにそうした脳の思考のクセを帰納的に体系化したものなのではなかろうか。
しかしその一方で、心理学を実際の人間に適用することの難しさもまた存在する。心理学はあくまで思考の「クセ」をモデル化したものであり、絶対的なものではなく、なおかつそのクセは個々人ごとに異なる。つまり人間の行動『結果』を後から心理学に当てはめてみてその適合度を測ることは簡単だが、心理学を元にして「彼はきっとこう行動するはずだ、こう行動しなければおかしい」と語ることにはかなり無理がある。このことから考えて、心理学で提唱されているモデルを自説の証明の根拠に使うことは極めて危険なのではないかと思う。ましてやその筋の専門家でもない生半可な知識ではなおさらのこと。しかし現実的には、ネット上で見かける心理学用語を用いた作品解釈・考察には用語や理論に振り回されている感のものもかなりあるように思われる(むろん、的確に使っているものも多いが)。
私が思うに、心理学の用語を使うことのメリットは、人間の心のクセに関する説明を大幅に割愛できることにあるのではないだろうか。例えば「ONE におけるみずかは、主人公の作り出したアニマである」というのも、心理学用語を使わずに「ONE におけるみずかとは、主人公が自分の心の中に作り出した妄想である」とでも言えばよさそうだし、「ONE におけるゲームの主人公は、本当の主人公のペルソナである」というのも、「ONE における主人公は、現実世界で生きていくために過去の痛みを心の奥底に封印して生活している」などと言うことができそうである(正確に言うためにはもっと言葉を補う必要があるだろうけれど)。しかし心理学用語を知っていれば、「ONE とは、自らのトラウマが生み出したアニマとそれにしがみつくことで成立しているペルソナが、トラウマ剥き出しのヒロインとの交流によって突き崩されていき、消滅するストーリーである」と、たった数行で ONE の作品骨格を説明できてしまう。
しかしここで重要なのは、この説明は『ユング心理学のモデルに当てはめることで話の骨格を簡単かつ的確に表現した』だけのことであって、決して自説の証明にユング心理学を使っているわけではない、という点である。しょせんは ONE という物語に対する一つの解釈にすぎず、その解釈の証明がユング心理学によってなされているわけではない。解釈を証明するためには依然として麻枝氏の説明が必要である。
またもう一つ、心理学用語を使うことによって文章を短くすることはできたものの、心理学という前提知識を持たない人には読めない文章になってしまったことにも注意しなければならない。同じ内容は(手間さえかければ)心理学の用語を使わなくても説明できるはずである。本来、Web の掲示板上での議論は相手に理解させつつ進めてナンボのものである(まあ、往々にしてそうでない場合も多いが……)。そこに相手の理解できない心理学用語を持ち込むのは、やはり少なからず乱暴なのではないか、と思う。一般的に言っても、専門用語を一般的な分かりやすい単語に置き換えて他人に説明することができない場合、その人はその専門用語や理論そのものを十分に理解していない場合が多い。
こうした観点から、議論の相手が心理学用語を振り回し始めた場合には相手が本当に分かっているのかどうか、どういうふうに使っているのか要注意。また心理学を知らなくても、ゲームの考察も解釈も議論も問題なくできる、というのが私なりの結論。いやむしろ、そうした専門用語を使わない方が、理論に振り回されない分かえっていいのではないだろうか、という気もするぐらい。
……とまあ、いろいろ書いてみたけれど、なんか当たり前のことしか書いてないような気も。(汗) でも、心理学=心のクセをモデル化する学問、と思うとかなり気が楽になったのも確かなんですけどね。
なんかギャルゲとアニメの話しか書かないと頭悪そうな感じなので(いや実際バカなのだが(笑))、たまにはビジネス書の話も書いてみたりしてみる。とりあえず名著と思うのを一つ。ウケ悪かったらやめます。(汗)
『ビジョナリーカンパニー』。この本は、アメリカの著名な企業の CEO たちに、特にビジョンに優れていると思う企業を選出してもらい、その企業が他の優良企業よりもさらに優れている点はどこなのかを徹底的な比較分析により解き明かしたそうとしたもの。一般的に一つの会社が普通に続くのは 30 年程度と言われる中で 100 年以上にも渡って素晴らしい業績を上げている企業の秘密は何かを明らかにしようとしている。アメリカでも日本でもかなりのベストセラーになった有名なビジネス書だそうで、実際、非常に興味深い内容が書かれている。
詳細は是非とも本の方を読んで頂きたいが、キーポイントをざっくりまとめれば次のようになるだろう。@ 優れた会社とは、突出した社長一人に頼っているのではなく、組織自体が生き物のように永続的に成長していける仕掛けを持っている。A 優れた会社では、相反しがちな「夢」と「現実的な制約」とをうまく両立させようと努力している。B 優れた会社は時が経っても変化しない普遍的な基本理念を持ち、それをベースに日々の成長を成し遂げている。C 優れた会社は行動のすべてがこの基本理念に沿って一貫しており、場当たり的な短期利益を目的とした行動を取らない。ここに挙げた4項目だけ読んでも意味がピンとこないかもしれないが、この本を一冊通して読めば、その内容が強い説得力を持って伝わってくると思う。
この本はビジネス書であり、主に CEO などを対象に書かれたものではあるが、実はそこに含まれている思想や教訓は決して企業だけに固有のものではない。別に本書に書かれているわけではないが、例えばちょっと視点を変えれば人間一人一人にも当てはめられる部分がある。つまり、人生に対する普遍的な基礎理念を持っているかどうか、永続的に成長していける仕組みを自分の中に持っているかどうか。まぁそもそも永続的な成長を個々人が望むかどうかは全く別の次元の話としてあるけれども、そこまで行かなくとも仕事や勉強の上でのモチベーションをいかに保つかというのはより身近な問題として存在する。それに対するヒントとしてこの本は役立つのではないだろうかと思う。
なにより流行の経営理論などに頼っている部分が全くなく、いわゆるビジネス的な前提知識がゼロでも十分読めること、そして時代によって変化しない普遍的な部分のみを追及しているというのが非常に面白い。だからこそ、初版から 7 年もの歳月を経た今になっても十分な説得力を持っているのだろう。経営者を目指す人だけでなく、普通の会社員の方にも、また学生の方々にも一読をお薦めしたい。ご自分の研究室や会社、組織について今一度考え直す良いきっかけになるかもしれない。
比較的凶作だった 2001 年の大ヒット作とも言うべき D.O. の『家族計画』、その音声追加リニューアル版の絆箱が今日発売されるらしい。「らしい」というのは実は今回は回避するつもりのため。ただでさえ未プレイのゲームが高々と積み上げられているのにきっとプレイしないゲームをさらに積んでも仕方ないだろうという判断。
で、今日たまたまオープニングムービーがダウンロードできることを知って見てみたのだけど、ちょっと微妙な出来。家族紹介の中に寛が入ったのは良かったのだが、サビの部分でくるくると回転する映像がなくなってしまったのが私的には大幅減点事項。あの回転する映像はフィルムのような感じが非常に良く、高屋敷家の思い出が綴られたかのような印象を与えるのが良かった。この OP ムービーを私の中で決定的なものにしたのはあの特殊効果だっただけに、それが削られてしまっているのはあいたたた、という感じ。
とはいえ、神月 社 氏のムービーはいつもながらさすがではある。以下のサイトから旧版/リニューアル版のムービーがそれぞれダウンロードできるので比較してみては?
- 旧版 − 巨大ファイル配布支援サイト
- リニューアル版 − まるちいんさいど
というわけで、今年もいよいよ佳境に入ってきたという感じ。もう 10 数年来参加してきた身としては年中行事の一部というかなんというか(笑)。
情報発信はコミケよりもインターネットの方が即時性と作成コスト、流通性などの観点から有利、ということに気付いて早 3 年、ここ最近はコミケットではすっかり買い専な人になってしまっている。複数人から評論本でも出さないかと突付かれることはあるのだけれど、いや実際同人誌作るって大変なのですよ(^^;)。それだけに同人誌を毎回きっちり作り上げてくる方々には本当に頭が下がる思い。今回もありがたく読ませていただきます(汗)。
即時性と流通性については……うーん、水月 VFB を読んでみていろいろ思うところがあったけれど、それはまた近いうちに。
ここ数年、書籍やゲームを購入するペースが異常に上がっていたこともあって、ついにゲームを積む場所すらろくに無くなってきた。基本的に購入することはあっても捨てることや売却することはほとんどない人間なのだが、そろそろそれも限界に来た……というわけで、ここ一週間はひたすら部屋の中の荷物を処分。体積の大きい X ゲームを始めとして(←その数 50 本弱(^^;))、古い技術書籍、もう 2 年以上も動かしていない PC-486HX2 や Power Macintosh 7500、DOS/V パーツなども処分。ゲームや書籍は、よほどのクソゲーでもない限りどれにもそれなりに愛着はあるのだが、もはや背に腹は変えられない。廊下にはここ一週間とんでもない量のゴミが出されたが、おそらく部屋にある荷物全体の約 2 割程度。随分と部屋の見通しは良くなった気がするが(笑)、それでもまだまだ荷物は多い。
前々からそうだろうと予想はしていたのだが、捨てようと思えば捨てられるものはかなり多い。いつか使うかも&リプレイするかも、と思って残しておくものの、今購入しているものですら捌けていないのに昔を振り返る時間などあるはずがない。後の楽しみに取っておこう、と読まずに取っておいた同人誌なども、いつの間にか数年分溜まってしまった現状を鑑みると我ながら「アンタ、バカ?」と突っ込みたくもなる。
来年の頭にはさらにモノを絞り込む予定。殺風景な部屋もイヤだが、あまりにモノが多すぎる部屋も考え物だなと、見通しのよくなった部屋を見回してみて改めて思う。次の処分対象は大量にあるビジュアルファンブックかな?
で、昨日はシュガーデスクトップアクセサリとそよかぜのおくりものを購入、今日はコミケ企業ブースで買い漁り。……また荷物増やしてどうする?(笑)
コミケ 1 日目。友人たちと 4 時半会場現着。なんでも今年一番の冷え込みだったらしく死にそうな思いで行列に並ぶものの、やはり『行列に堪えることこそ年の瀬を実感する最良の策』とか誤解してるのは私だけ?(^^;)
まあそれはともかくとして、今回も I've の CD をゲットすべく Visual Arts の行列に並んだのだけど、いやはや、4 時半に行列に並び始めたにもかかわらず購入までに 1 時間半もかかるってどうよ??という感じ。通販してくれると本当に助かるのだけれど、なかなかそうならないのがつらい。10 年以上もやってると行列には慣れてるんでたいして苦痛でもないのだけれど、もうちょっと効率的な売り方はないのかなぁとは思う。もっとも、コミケ限定を匂わせるからこそ私のような人間が踊るというのもまた真実なのだが(苦笑)。
ざっくりいくつかの企業スペースを回ってみた感触。
- Visual Arts。あの行列は往年の Leaf を思わせるものがあった。凄まじい行列ぶり。しかし販売の手際はよく、ブースの作りもよく考えられている。今回の CLANNAD や SNOW の過度な抱き合わせ販売はさすがにちと考え物だけれど、まあ比較的よく頑張ってはいるのでよしとしますか。
- BasiL それ散るサントラ。あっという間に売り切れた様子で残念。通販してることは調べてみて今日初めて知ったので申し込もう。(^^;)
- F&C 水月サントラ&クロック。これまた夏に引き続いてあっさりと売り切れた様子。クロックも悪くない出来だったけど、置き場もないのでパス。
- ソフトバンク。今回はここが最悪だったんでは……モエかんおでんをネタに買っていこうかと思ったものの行列のハケがあまりに悪くて断念。売り場スペース内にラックを組んで大量の荷物を格納しているものの、売り子が少なく効率的に売れないという本末転倒なブースの作りに思わず苦笑。老練のソフトバンクもこんなことがあるのね、という感じ。
- シャルラク 夏色の砂時計。行列全然なし、結局年齢確認なしで購入できたよーな。って、私がフケ顔だからデスカ?(汗) PS2 版はスキップの遅さに閉口してプレイを断念したのでなんとか Win 版ではプレイしたいところ。
というわけで、3 日目に備えて明日は休養。我ながら若くないっすね〜(汗)。
※追記 : Visual Arts、初日で完売したのは結局 SNOW だけだったらしい。3 時頃には行列もなくなってすぐに買えたとか。ちっ。まあ今までにも何度か経験した仕方ないことなんですけどね(苦笑)。
ラブひなを手がけた赤松 健氏の新作『陸上防衛隊まおちゃん』を見たとき、とんでもない毒電波を公共の電波を使って流しているなぁ(^^;)、まさに熱血『毒』電波倶楽部だなぁ、とか思っていたけれど、シスタープリンセス RePure。こいつは真の意味での毒電波の塊。それなりにこの手のものには慣れているつもりだったのだけれど、この作品には久々に頭を抱え込んでしまった。
確かに萌えキャラは「うぐぅ」だの「が、がお…」だの「ほぇ〜」だの、設定年齢とあまりにそぐわない幼い言葉遣いをすることが多いのだが、思考プロセス自体はそれなりに大人である。見かけの行動はともかくも思考自体はそれなりに論理的だし、話せばそれなりに話も通じる。デパートのおもちゃの前でおもちゃが欲しいとわめき散らしそうな幼児性を持ったキャラはほとんどいない。ところが RePure は別格。彼女たちの行動はまさに知恵遅れだったり精神病的だったり。思考そのものが未発達であるかのように描かれている。そしてそれに対する兄(主人公)の行動もまた、まるで妹たちが病気であることを前提に、医者として慈しむかのような行動を取っているかにすら見える。
この気持ち悪さはホンモノだ……そう思わざるを得なかった。前作の TV 版シスプリはどちらかというと兄(主人公)に物語のフォーカスが当てられており、まさに12人の妹に『囲まれる』というハーレム状態(笑)を楽しむストーリーになっていた。12 人の妹の外面的行動はマスコット性が強調されてはいるものの、比較的まともな意味での 1:1 の関係を築けそうな自律したキャラクターたちであった(12 人の妹=12 人のかわいい恋人に近いという構図、と言ってもいい)。RePure は彼女たちの内面をこれでもかというぐらいに解剖して視聴者に見せ付けてくるが、そこにあるのは自律行動すらままならない、純粋無垢すぎる兄への依存心である。兄に対する恋心の純粋度をさらに高めた(Re-Pure)結果、妹たちは自律心を失って依存心の塊となり、もぬけの殻となったようにすら見える。(実際、精神科の医師である友人に言わせると十分に精神病患者として診断できる子もいるそうだ。)
これが男女逆の立場だったらストーカーや妄想癖に満ち溢れた変人以外の何物でもなかったりするはずなのに、それがこのアニメになってしまうと何故だか「かわいい」「萌える」という評価になってしまう。これがシスタープリンセスの原点であり、萌えの終着点。そう考えると、ただただ恐ろしい。いや、萌えの究極形、終着点がそこにあるのは確かなのだ。しかしいきなり兄チャマの部屋の家捜しするチェキ娘を軽く笑い飛ばしてツッコミを入れながら見るのは面白いけれど、「かわいい」「萌える」と思うのはさすがに私には厳しい。
Sense off の元長氏の言う「圧倒的な楽園」の一形態、それがこの作品にあるのかもしれないけれども、さすがにこれはステップアップしすぎなのではないか。……まぁ、すでに放映は終わってしまったけれども一度話のネタに見るにはいいかもしれない。(^^;)
いよいよ 2002 年も終わりだが、今年は昨年に比べると大豊作とも言ってよいほど多数の傑作が輩出された。今回の雑記では 2002 年のゲームのいくつかを振り返りながら、今年のトピックスと良作を整理してみたいと思う。
@ 安定した続編作品群
やはり近年は増加する開発費や不況の影響もあってか、どのメーカも既存作品のネームバリューを生かした上で作品を作り、全く新たなブランドを開発するリスクを取れずにいるようだ。これらは残念ながら第一作目をプレイしたときのような斬新な感覚こそ薄いが、安定して面白い作品であることには違いがない。そんな作品として以下の 2 つをピックアップ。
- Grand Prix 4 (Microprose / Windows)
言わずと知れた PC 用 F1 レーシングゲームの定番。グラフィックスの美しさはホンモノと見間違うほどで、ライバルたちの車の挙動も含めてついにここまで来たかと思わされる。スパのオールージュを駆け上っていく快感、鈴鹿 130R を駆け抜けていく快感。ハンドルを使うとなお一層楽しめること間違いなし。かなりのマシンパワーを必要とする(例:Celron 2GHz + Ti4200 など)が、内容は十二分にそれに見合っていると思う。- Panzer Dragoon ORTA (SEGA / XBox)
これまた言わずと知れた、セガサターンから続くシリーズもの。今回は XBox 用のソフトとなったわけだが、グラフィックスの美しさが抜群。特に水面の表現が格別で、今まで見てきたこの手のゲームの中では最高のように思う。ゲームシステムとしての目新しさはあまりないが、安定して楽しめる 3D シューティングだった。今年は数々のリニューアルものも発売されているが、その中でも家族計画〜絆箱〜、とらいあんぐるハートDVD Edition、痕リニューアルなどは比較的お薦め。
A 既存ゲームジャンルのブレイクスルー
今年のゲームを語る上で外せないのはやはりこの作品グループだろう。以下に挙げる 3 つの作品はジャンル的には既存のものであるにもかかわらず、その枠に留まらない新たな可能性を見せてくれた素晴らしい作品だった。
- Project Gotham Racing (Microsoft / XBox)
ポールの間を抜けたり、あるいはドリフトをすると Kudos と呼ばれるポイントが加算されるというシステムを採用したレーシングゲーム。これだけ聞くと別に目新しさはないのだが、そこに「連鎖」という概念を持ち込んでいるが故に全く新しいドライブゲームに仕上がっている。敢えてドリフトすることでポール通過の Kudos ポイントを連鎖させていくといった戦略性までもが出てくるのだ。現時点でのドライブゲームの最高峰としてこの一作を強く推したい。これをプレイすると、GT もリッジレーサーもゲームとしての物足りなさを感じるようになること請け合い。日本ではプロモーション活動が地味だったのでほとんど知られていないのが残念。最近は年末商戦で XBox も安売りされているようだが、XBox を購入したら是非プレイして欲しい名作。- Ever 17 (KID / Play Station 2) & 水月 (F&C FC01 / Windows / X ゲーム)
現在のビジュアルノベルは基本的にその形態を感情移入システムとして利用しているが、それを越えてゲームシステムとしての特性をうまく利用して作られているゲームとして上記の 2 本を挙げたい。確かに今までも Yu-no や Prismaticallization といった『ゲームシステムならでは』という内容はあったが、それらは理論的に中途半端だったりゲームとしての面白みに欠けているといった側面もあった。それらと比べるとこの 2 作品は奥の深さとエンターテイメント性をうまく両立しており、かなり幅広いユーザに楽しんでもらえる作品なのではないかと思う。特に Ever 17 〜out of infinity〜 はギャルゲーマに限らず、サブカル好き、小説好きな人には是非プレイして欲しい大傑作。B 復活の大手メーカ
コンシューマ系だとスクウェアやコナミが比較的安定した大手メーカとして君臨しているが、 X ゲーム系は下克上が激しく、アージュ、ねこねこ、nitro+ といった新興ゲームメーカに旧大手メーカがかなり押されているというのが実情だ。しかしそうした旧大手メーカから起死回生とも言える一作がリリースされることもある。
- Zwei !! (日本ファルコム / Windows)
ファルコムは Windows 系一般ゲームメーカとしては必ずしも落ち込んでいるわけでもないのだが、旧来の XANADU / Ys 世代のファンは少なからずファルコムからは離れていたのではないか。今回リリースされた Zwei !! はアクション RPG というカテゴリを見事に定着させた日本ファルコムからの、現在のアクション RPG のあるべき姿に関する一つの回答のように思う。『キャラクターを動かしているだけでも楽しい』、こういう感覚を味わえるアクション RPG、最近はほとんどないはず。ヘタレばかりな最近の主人公の中にあって、毒舌だけど人情味あふれるピピロと前向きなシナリオ展開は元気さに満ち溢れている。往年の Ys シリーズ大好きという方々には是非ともおすすめしたい一作。- うたわれるもの (Leaf / Windows / X ゲーム)
誰彼で自らにトドメを刺した Leaf であったが、痕リニューアルに続いて旧 F&C 原画師チームを巻き込んで作られた本作。ある意味中身がなくてもイラストの良さだけで売れてしまう価値を持った原画陣なのであるが、フタを空けてみれば意外なことにシナリオもゲームシステムも出来が良かった。絡み合うキャラクターたち、適度な謎解きを含んだシナリオ、バランスのよいタクティカルアクションパート。全体パッケージとしての出来が優れた一作だった。C 突然変異的に現れた名作
上記の中に書いた「水月」はまさに「このメーカからこんな凄いゲームが出てくるなんて」という意外性(笑)があったが、もう一つ、以下の作品も今年を語る上で外せない大傑作だった。
- BALDR FORCE (戯画 / Windows / X ゲーム)
Windows 系アクションゲームの最高峰と言われるバルドシリーズの最新作。アクションゲームとしての面白さもさることながら、そのシナリオが凄まじく出来が良かった。仮想空間(ネット)に対して我々が漠然と抱くイメージや恐怖感をうまく形にし、その中で展開される見事なドラマ。サイバースペースを基盤として展開される近未来型の物語としては設定だけ取っても最高峰の出来ではないかと思うのだが、さらにそれを少しずつ、無理なく淀みなく見せていくシナリオ展開が抜群の出来。アクションパートとシナリオパート、その二つの相乗効果によって 20 時間以上ものロングプレイを全く飽きさせない。背筋がぞくぞくするような緊迫感に溢れる展開、そして物語の終焉に待つカタルシスを是非一度味わって欲しい。歴代の X ゲーム群で見ても 5 本の指に入るバランスのよい傑作。2003/1/24 にはリニューアル版として "BALDR FORCE EXE" が発売されるようなので、今から買おうという方にはそちらがお薦め。(番外) どーでもいいけど
今年もあいもかわらずとんでもない延期がされているゲームが何本か。LOVERS、SNOW、マブラヴ、CLANNAD。この 4 本、発売日が公表されたものもあるもののもはや狼少年状態(苦笑)。
しかし、発売予定日の直前に延期が発表され、以降半年以上も延びている作品があるというのは私としては信じ難いものがある。確かに例えば一般的な建築プロセスなどに比べると工程管理が難しかったり設計後の軌道修正が多々発生するのは分かるのだが、それにしても半年以上も延期されるのは当初の発売予定日が確信犯的なものだったか、あるいは作品制作がかなり無計画であるかのどちらかではないか。そしてその先に待つのは "Hello, World." に代表される冗長な物語なのではないかという一抹の不安がある。「長い」ことそれ自体が罪悪なのではなく、自らが立てたテーマを構造的にも内容的にも消化しきれているかどうか、そしてそれを『物語』の形に仕上げられているかどうか。そこが不完全だと煮え切らない、無駄に長いゲームになりかねない。
上記のゲームはおそらく 2003 年中には発売されるだろうが、バランスの良い作品になっていることを期待したいところだ。
とまあ、だらだらと書き連ねてみたが、19 日の雑記にも書いた通り、Zwei !!、Ever 17、BALDR FORCE の 3 作品はかなりお薦めできるので肌が合いそうなものがあれば是非。
というわけで今年もこれでおしまい。皆様、良いお年を〜。
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