Last Update 2000/09/30 ver.0.01
ストーリーがどのように展開していくのかを考える前に、まずみちるが産まれるはずだった前後に起こった事柄を、シナリオテキストを用いながら整理してみます。
あたたかな、日だまりのような家。美しい笑顔を絶やさない母、強さと優しさを持った父。そんな家庭に生まれ、幸せな日々を送っていた美凪。ただ、美凪は昔からほんの少しの勇気が持てなかった子でした。『仲間に入れて』のたった一言を言い出す勇気が持てなくて…。
勇気がないのは、他人に対してだけではありませんでした。お父さんっ子の美凪は、いつも父と一緒にいて、いつも父と遊んでいました。そんな美凪と父を見て、ときどき寂しそうな顔をしていた母。美凪は、母の寂しさも幼いながら知っており、自分が母も大好きなことを伝えてあげたいと、ずっと思っていました。でも、美凪は伝えられませんでした。
「…伝えなくても気づいてもらえるはずで…」
それは、幼い頃考えた、美凪のせめてもの言い訳だったのでしょう。どうしても伝える術を見つけられなかった美凪。そんな最中、あの悲しい出来事が起こったのです。
美凪の母は、『みちる』を身篭ります。『みちる』は、美凪と母にとっての願い、希望でした。美凪にとっては、いっしょにおままごとやシャボン玉で遊ぶことの出来る、大切な妹として。そして母にとっては、温かかったはずの家、仲良しだったはずの家庭の中で感じていた寂しさを埋めることのできる、かけがえのない娘として。
その想いはどれほど大きかったことでしょう。『みちる』が産まれてくることを待ち焦がれた二人。しかしその想いは、妊娠中毒症という不幸によって打ち砕かれてしまうことになります。苦しむ母を見て、美凪は神様に願うのです。
おかあさんが、早くよくなりますように。
おかあさんが、どこにもいきませんように。
もし、妹が母を苦しませているのなら、私は姉として妹を叱らなければならない。
妹が、母をどこにも連れていかないよう、私は神様に願った。
もしかしたら、それは嫉妬や憎しみに近い感情からの祈りだったかもしれない。
私は、ほんの一時でも、妹を憎んでしまったのかもしれない…。
あれほど憧れた妹のことを一瞬でも憎んでしまった美凪。そこから美凪の家族の不幸は始まります。『みちる』は消えていなくなり、母は美凪のことをみちると呼ぶようになり、そして父は母と喧嘩が耐えなくなり、ついには離婚……。最後に残ったのは、父の残してくれた、持っていると幸せになれるという星の砂。羽を持つ少女の絵。父親の面影の消えた家。そして、美凪のことを忘れてしまった母。
『妹が、母をどこにも連れていかないよう、私は神様に願った』。幼い美凪の願い、汚れた心。実際には妊娠中毒症により起こったものとはいえ、それはすべての始まりでした。
美凪のことを『みちる』と呼ぶようになってしまった母……元を正せば、母に疎外感を与えてしまったのは自分。そして、『みちる』に母の寂しさを埋めることを望んだ美凪。それなのに、美凪は最後の最後に妹から母を取り上げることを願ってしまったのです。『みちる』と呼ばれることを受け入れた美凪……それは美凪にとって、母、そして『みちる』に対する贖罪、罪滅ぼしそのものなのです。
そして気が付けば、美凪はいつしか笑えなくなってしまっていました。自分の居場所を失ってしまった美凪は、過去の自分の居場所(父の面影)を求めて、父が来ることがないと分かっている駅前に毎日通いつづけます。家の外に出ても、あいかわらず彼女は一人。友達もなく、家にも居場所はなく、彼女が『美凪』でいられる場所はどこにもない。
そんなとき、美凪は不思議な少女……みちるに出会うのです。
それでも、美凪はどうしても声をかける勇気を出せませんでした。そこでシャボン玉を見せることでみちるの気を引いて、みちるから美凪に喋らせることで会話のきっかけを掴み、そしてお友達になるのです。みちるはみちる、美凪は美凪……家とは違い、ここでだけは、美凪は美凪でいることができる。彼女は初めて、一人ではない、自分の居場所を見つけるのです。
……しかしそれから長い時が経ち、毎日のように心を交し合った二人。いつしか、美凪はみちるの正体を薄々感じ取ります。最初の頃、美凪がみちるを家に連れてこなかったのはおそらくおかしくなっている母を見せたくなかったからでしょうが、美凪がみちるの正体に気付いてからは、また別の理由に変わっていったのでしょう。お互いのすべてを知り合いながらも二人の間にある距離感の正体。それは、お互いがお互いのことを知っていたからこそのものだったのでしょう。
学校では学年トップの優良生徒。しかし笑うこともできず、友達の輪に入っていく勇気も出せない美凪。『みちる』でいなければならない日常と、「美凪」でいられる日常。彼女の性格を考えても、これらの日常から変わることができなかったであろうことは、容易に想像が出来ます。そしてなによりも、この二つの日常を過ごすことは、美凪にとって過去の自分の罪に対する贖罪でもあるのです。みちるが『みちる』であるのなら……産声さえあげることができなかった『みちる』。美凪はみちるに対して、彼女が喜ぶすべてのことをしてあげてきたのでしょう。
しかし、変わることのできない時間、変われないことへの哀しみは、ゆっくりと美凪の心を蝕んでいきます。彼女が天文部で星をよく眺めていたのも、父親の残した「星はね、人の心を綺麗にしてくれるんだよ」という言葉にすがりたい気持ちがあったからかもしれません。
そして……そんな変わらぬ日常の中、美凪とみちるは往人に出会うことになります。
笑うことを忘れた少女、美凪。その彼女の転機は、往人との出会いによって始まります。きっかけはちょっとしたこと。しかし少しずつ、美凪の心に笑みが戻ってきます。たとえ表面的には、ほとんど表情が変わっていないように見えても……美凪のそばにずっといたみちるは、そのことがよく分かるのです。
「…ありがとね…」
「美凪、すごく楽しそうだった」
「…ずっとね…かんがえてたの…」
「…いっぱいいっぱいかんがえてたの…」
「…すこしかなしいけど…」
「でも、やっぱりこれでいいんだって…そう思ったの…」
みちるにとって、美凪はかけがえのない人。最初は往人に対して幼い敵対心を向けていますが、往人によって美凪が寂しさや悲しみから少しずつでも変わっていけること、それをみちるは望むようになっていきます。
美凪や往人は、そんな幸せな日常の中に、楽しさや安らぎを感じていきます。
「…私…ずっとこうしたいと思っていました」
「…みちると国崎さんと…そして私と…」
「…三人でこうして歩いてみたいと思っていました」
楽しい日々。安らいだ日々。いわば夢のような時間。多少の謎解きに交えながらも、本編ではこうした日々が丁寧に描写されています。美凪も往人も、こうした日常を過ごしていくことに一つの疑念も持っていなかったのでしょう。
しかしその安らいだ日々は、2つの事件、つまり往人に母からの呼び名を聞かれてしまうことと、母が『みちる』の死を受け入れることによって、一気に急変することになります。
美凪を家まで送り、そこで美凪が母親に『みちる』と呼ばれたことを目撃してしまう往人。勇気を出せない美凪の性格からして、『みちる』と呼ばれていることを知ってしまった往人(引いてはみちる)の前に、自ら再び顔を出すことは決して出来ないでしょう。このことで、美凪はまず往人とみちると三人で過ごしている日常での居場所を失ってしまうことになります。
しかしそれでもまだ、家には『みちる』としての居場所があった……ところがそれも、直後に美凪の母が『みちる』の死を受け入れ、美凪のことを忘れてしまうことによって失われてしまう。この2つの事件により、美凪は自分のすべての居場所を失い、家出をすることになるのです。
往人とみちるは事情が掴めなかったものの、往人は聖から話を聞き、美凪が居場所を失って彷徨っていることを知ります。一人で彷徨う美凪から話を聞いた往人は、敢えて美凪に質問をぶつけるのです。
「…だから…ここで…自分の居場所を探してたのか?」
ところが美凪から帰ってきたのは、明確な否定の答え。
「…違いますよ」
「…私は…ここで終わりを待っていたんです」
「…みちるとして生きてきた…私自身の夢の終わりを待っていたんです」
『みちる』として生きてきた美凪自身の夢とは、姉(美凪)として生き続ける夢。つまり、みちるの存在のことを指します。このときすでに美凪は、みちるが人間ならざる存在であること、そして自分の夢が覚める(終わる)とき、みちるが消えていなくなることを分かっているのです。
母の夢が目覚めたということは、自分の夢もまた遠からず目覚めるということ。そしてそのとき、みちるは消えていなくなる……美凪は、みちるが消えていなくなるという悲しみに直面する勇気がないのです。だから、敢えて彼女は自分の居場所を「探す」こともなく、ここで「終わりを待っていた」のです。
そして、彼女は言います。
「…飛べない翼に意味はあるんでしょうか」
「…きっと何の意味もなくて…空にも大地にも帰ることができず彷徨うだけなんですよ」
「…あの鳥のように…私はいつまでも彷徨うことしかできないんです…」
すべては彼女の勇気のなさが起こしたこと。飛べない翼(勇気がないこと)では、いつまでも彷徨うことしか出来ないのだと彼女は言うのです。そんな彼女を見かねた往人は、救いの手を差し伸べます。
「…居場所がないなんて言うなよ」
「おまえを…遠野美凪を待ってる奴がいるんだから…居場所がないなんて言うなよ」
美凪はその居場所を受け入れ、そして彼女は初めて自分の意思で望むのです。
「…ただ…今はできるかぎり望んで一緒にいたい」
「…私は…」
「…私にとって大切なひとたちと一緒にいることが大好きですから」
でも、美凪はみちるが消滅することを受容できたわけではありませんでした。みちるが消滅する、それまでの残された時間ですべてのことを成し終えてしまおうとするかのように、精一杯、みちると遊び、みちると一緒にいようとするのです。三人でいられる時間のすべてを心に刻もうとする、幼い少女のように。それは、美凪にとっては、いずれ訪れるみちるとの別れや、母のそばの居場所を失ったことを一時的にでも忘れさせてくれる、逃避行為そのものだとも言えるでしょう。
しかし外見上は楽しそうに見えても、それは儚い光景。いつかは終わる、夏の情景……
美凪が必死に隠している寂しさは、いつも一緒だったみちるにはすべて手に取るように分かってしまうのです。帰る家を持たない寂しさ。別れが訪れることを知ってしまったが故の心の悲しみ。今までと同じように遊んでいるつもりでも、もはや元には戻れない。「…やっぱり…もう無理なのかな…」というみちるの呟き。
そしてみちるは、母が美凪を探して歩き回っているのを見て、思いを少しずつ固めていくのです。
「…たいせつなひとに忘れられるのって…やっぱりかなしいことだよね…」
「…でも…忘れただけならいつか必ず思い出せるから…」
「…やっぱり…このままじゃダメだね…」
望んでも温もりを得られなかったみちるにとって、母に美凪が忘れられてしまうということはどんな意味を持つのか……みちるは、美凪が、再び母の元に戻ることを願うのです。美凪に再び笑顔が戻ることを願って。みちる自身の永かった夢は、それにより成就されるのです。
しかしそれは美凪にとっては、過去の罪と悲しみに向き合うということ。そしてそれを後押しすることはみちるには出来ないこと。だからみちるは、往人に後のことを託すのです。
「…あとのことは…国崎往人にまかせるよ…」
「…これで…やっと永かった夢は終わることができるから…」
往人は、旅に出ると偽って美凪を母の元へと連れていきます。「遠野が持ち忘れてきた、大切なもの」……それは悲しみに向き合う勇気。自らの意思で物事を決める力。
「…私が…決める…?」
「そうだ。遠野美凪自身の意思で決めるんだ」
永い時間をかけ、考える美凪。
「…国崎さん…私…」
未だ勇気が持てずに救いを求める美凪の背中を、往人は軽く押す。それは、ほんのちょっとの後押し。そして美凪は少し躊躇いを残しながらも、自らの意思で一歩を踏み出すのです。それは、この世界で生きていくということそのものと言えるでしょう。
往人とみちるとの間で無言の内にかわした約束。それによって自らの意思で一歩を踏み出せた美凪。みちるは、これで自分の役割が終わったと感じます。みちるの口から往人に明かされるみちるの正体。みちる自身も、美凪が一歩を踏み出せたことで、自分が消滅することを、悲しみながらも受け入れるのです。
「…でもね…ほんとうのみちるはどこにもいない…どこにも居場所なんてないの…」
「ここにいるのは、ただの夢なんだよ…そして…その夢ももう終わり…」
「…にゃはは…すごく…楽しい夢だったよ…すごく…しあわせだった…」
「みちるは…この世に生まれてくること…ゆるして…もらえなかったけど…」
それは美凪の幸せを願い、役目を終えた夢が語った、悲しみの色を含んだ言葉。そして最後に、みちるは自分が消滅することを受け入れた上で、最後のわがままを往人にお願いするのです。
『あのね、さいごにみちるのわがまま、きいてもらえるかな』
『みちるはね、みちるの思い出がほしい』
『誰のためでもない、みちるだけのしあわせな思い出がほしい』
みちるが最後に望んだ、自分だけの思い出。往人は願います。叶わぬと分かっている願いを……。
もし彼らが、消えることの寂しさを知っているのなら、どうか叶えて欲しい…。
この少女をどこへも連れていかないでほしい。
連れ去ってしまわないでほしい。
俺たちの心をいつだって温かくしてくれたこの少女と、ずっと一緒にいさせてほしい。
ずっと…ずっと…。
いつまでも三人でいたい…。
覚めない夢を…見続けていたい…。
往人とみちるは、みちるがいずれ消滅することを(悲しみの中とはいえ)受け入れていますが、美凪はどうでしょうか。確かに母と向き合い、一歩を踏み出したことで、美凪は一つの罪と悲しみから解放されました。しかし、彼女が抱えるもう一つの罪と悲しみ……みちるを生み出したこと、そしてみちると別れなければならないことは、母の悲しみ・罪に比べても遥かに重いことだったのでしょう。美凪は母という悲しみに向かい合い、一歩を踏み出すことは出来ましたが、次の一歩、つまりみちるの消滅を受け入れることはまだ出来ないのです。
だから、美凪は屋上で星に願うのです。「星の輝きが…私たちの心を綺麗に清めてくれますように」と。それは美凪にとって、今の目の前のつらい現実から目を逸らす一つの逃避行為。往人は、美凪に現実を突きつけ、それを直視することを求めるのです。
「…おまえは、手放したいと思っているのか」
「おまえは、こいつと過ごした思い出を手放したいのか」
「答えろよ。おまえは、どうしたいんだ」
行き場をなくした想いは、彼女の心情の吐露という形で溢れ出します。
「…だって…仕方ないじゃないですか…すべては…私の罪から始まってしまったこと…」
「…私の罪…私の願い…それさえなければ…誰も夢なんか見なくてすんだはずなんです」
「…みちるだって…ずっとここにいられたはずなんです」
すべての悲しみは『妹が、母をどこにも連れていかないように』という、幼い美凪の願いから始まったこと。彼女がみちるの前で笑顔を絶やさず、どんなに寂しくても泣けなかったのは、彼女にとっての『みちる』への贖罪。そんな美凪にとって、みちるが消滅することは何よりも受け入れがたい事実なのです。
でも、美凪が、これから訪れるみちるの消滅を受け入れない限り、誰も前には進めない。だから、みちるは往人に願いを託します。
「…美凪は、まよってるんだよ」
「まだ、夢から覚めることをためらってるんだよ」
「だから、美凪の夢を覚ましてあげて」
「そうしないと、誰も前にはすすめなくなってしまうから…」
美凪がみちるの消滅を受け入れること。一人で苦しみ、過ごしてきた寂しい日々からの一歩。往人の腕の中で、美凪は心の底からの一言を語ります。
「…もう…いいんですか…」
それは、夢を覚めることを自ら許さなかった、本当の彼女の心。彼女は初めて心からの涙を流すことによって、自らの束縛を解き放ち、一歩を踏み出すのです。往人は、美凪に問い掛けます。
「おまえは、大切なひとに、なにをしてやりたい?」
「…私が……?」
「そうだ。おまえ自身が、なにをしてやりたい?」
「…私……私は…」
彼女は、夢の中にいたかった。覚めない夢を、ずっと見ていたかった。しかし目覚めることを知り、そしていずれやって来るみちるの消滅を受け入れた美凪は、こう願うのです。
でも…私は夢から覚めなければならない…
夢は夢のまま…
決して思い出にはなれないから…
…ごめんなさい
そして…私は祈った…
あなたの笑顔が…いつも暖かな日だまりの中にありますように…
本来ならば、みちるにとって温かな自分の家だったはずの場所。大好きな家族に囲まれた、大切な場所。しかし望んでも辿り着くことの出来なかった場所……美凪は、みちるを自分の家に連れていくことを願うのです。それは美凪にとっては、初めてみちるを本当に大切な家族として認めるということ。そしてみちるにとっては、決して届かなかったはずの思い出を作ることなのです。
みちるを母に会わせた美凪は、帰り道、往人にこう語りかけます。
「…私…本当はずっとこのままでいたかったんですよ」
「…他人が見たら、夢を見ていただけだと笑われるかもしれない」
「…夢なんて、ただの幻だと叱られるかもしれない」
「…でも…それでもかまわない…」
「…だって…」
「だって私たちは…」
同じ時を過ごし、同じ時の中で笑い合った三人。歩き出すことを知り、訪れることを知った別れを前にこう語った美凪の気持ち。美凪は、三人分の星の砂を一つの瓶に詰めることを提案します。三人にとっての幸せは、一つでなければ意味がないから。もう三人の間には、以前にあったような、ぎこちなさや無理はどこにもない。三人は、本当に穏やかな日々を過ごし、みちるの消滅を待つのです。
でも、だからといってみちるが本当にいなくなったとき……初めてシャボン玉を上手に膨らまして、突然いなくなったとき。その現実を突きつけられたとき、誰が平静でいられるでしょうか。
みんな気づいている。
みんな知っている。
…本当は、夢の終わりを望む人間なんていないことを…。
でも、たとえ望まなくても、私たちは前に進まなければならない。それが現実を受け入れるということ。
決して醒めない夢の中にいることが出来たら、人は悲しむことなんてなくなるんだろう。
でも、前に進まないといけないから。
だから俺達は走った。
夢の終わりを受け入れるために。
みちるなしでは笑うことができないという美凪に、みちるは告げる。往人の前でも笑えるようになっていることを。それは、彼女がすでに一歩を踏み出せているということ。それでも戸惑う美凪に、みちるはさらにこう告げるのです。
「大丈夫だよ。みちるがいなくなっても…」
「夢がさめても、思い出は残るから」
「思い出があるかぎり、みちるはいつも美凪と一緒だよ」
そして、みちるの消滅を本当に受け入れることの出来た美凪は、最後に穏やかな声でこう語ります。
「みちる…ばいばい…」
と……。
出逢いの喜びと、別れの寂しさ。約束を交わして別れた三人。変わっていくことは、人間にとってのいわば宿命。変わること(別れ)そのものが悲しいわけではない。変わらなければ生きていけない、つまり出会いと別れを繰り返さなければ生きていけないことが、寂しいだけ。往人は、この街を去っていくときにこう振り返ります。
でも、この別れは悲しくない。
寂しいけれど、悲しくはない。
俺たちは、もう知っているから。
たとえ、どんなに離れていようと、俺たちの間を隔てるものは、空気だけだということを。
そして、望みさえすれば、いつだって氷が溶けてゆくようにその距離を埋めていけるということを。
三人の間の、物理的な距離の隔絶は意味を持たない。三人は、思いを共有した約束を交わし、愛おしい過去の思い出を手にしたのだから。
ではなぜ、最後に美凪は、三人の思い出の象徴とも言える星の砂を義妹のみちるに渡したのでしょうか? それは、義妹のみちるが、美凪の前に現れたみちるの転生だからではありません。往人は、幸せを願うということをこう表現しています。
振り返ることもあるけれど…。
迷いから、過ぎ去った昨日を懐かしむこともあるけれど…。
踏み出す足先は、いつも明日へ。
愛おしい過去の思い出を糧に、俺たちは明日を目指して…。
幸せを願うというのはそう言うことだと思う。
愛おしい過去の思い出は、飛べない翼となるべきものではなく、明日を目指す糧となるもの。だから美凪は、自分が過去を生きた証である星の砂を義妹のみちるに渡すのです。
「受け取ってくれる?」
私たちの想いを…。
「うんっ!ありがとっ!」
私たちが生きた、夏の日の記憶を…。
そして、勇気を決して出すことの出来なかった美凪が初めて自ら語った言葉。
そう。
はじまりは、いつだって小さな勇気から。
たった一言の願いから、幸せははじまるものだから…。
美凪が幸せを願い、明日を目指して進むということ。そのすべてが、このエンディングには詰まっているのです。
※mailto:akane@pasteltown.sakura.ne.jp (まちばりあかね☆)